552 選択の自由があるのと選択肢が複数あるのは別の事である
決断力がある事は、良い事か悪い事か。
それは時と場合によるだろう。
只、どのような決断にも博打の要素があり、誰かが決断をすなければ前に進めないのは確かだ。
当事者意識は大切なのだ。
そしてフォウは、自身の命をチップに大博打に身を投じたのである。
輪郭がクッキリといた言葉と表情は質量とは別の重さを思わせ、騎馬民族としてのプライドが感じられた。
つまるところ、彼は長という身分にありながら幼く、提示した条件を断らない。
近代戦だったら絶好のカモだ。
それ故にハンナさんは、今までの流れを作ってきたのだと思う。
だが、ひとつ問題があった。
そこでシャルが話しかけてきた。
「……でもお兄様、バイクの運転とか出来るのかや?」
「出来る……と、言いたいんだけど微妙だな。
一応、有人人型ロボよりは簡単だと聞いているんだけど」
そんな反応に、ハンナさんがウンウン頷く。
まるで予想通りの展開とでも言うように。
「──ですね。
なので、練習期間を設けたいと思います。
領主様に与えられた権限により、『結婚式』を三日三晩から10日に延長します。
領内での祭りの最終日に行うという事ですね」
そういう事か~。
ちょっと政治的な理由なんだな。
初日にボクが馬車に乗って、三日三晩歌って踊るのが当初の流れ。
大規模であるが大貴族ならば普通の祭りだ。
しかし、だ。
それで初日のテンションは持つだろうか。
故に祭りと言えば『刺激的なお楽しみ』が定番なのだ。
普通はちょくちょく楽団やらサーカスやらを入れる。
だが今回は『名馬とバイクの激突』というお楽しみを、最終日に持ってくるというのだ。
それを次期領主が行うのだから、大層な盛り上がりになるだろう。
そして、『ボクの結婚式』である事を人々の胸に刻める
なにより、父上が結婚を急いだ理由はリン族とルパ族の差別化だ。
フォウがやっている事は、王国からすれば悪人そのもの。
『平和的な獣人と暴力的な獣人』の、分かり易い対比として宣伝できる。
だとすると、このメンバーと装備でルパ族の町に来た事は、フォウによる襲撃を予知していたかのような手配である。
エミリー先生がバイクで付いて来たのもこの為か?
確かに国境沿いの情勢を観察していればいけなくもないかな?と、思うが、それを言い切れる細かい分析があるのだろう。
流石ハンナさんだ。
「ああ、坊ちゃま。ぶっちゃけると旦那様、向こうの族長が単騎で特攻を仕掛けて来る事までは予想できなかったです
ただ、世界情勢からこの形に持って行ける確率は高かったので、準備も十分に行っていたというのはあります。
つまり、祭りに予め拡張要素を持たせていたのです」
「雨が降りそうだから傘くらい持っておくか」くらいの気持ちの対応だった訳だ。
思っていた事にフォローを入れてくれるなんて流石ハンナさんだなあ。
うんうん唸っているとシャルが手を挙げる。
分からない事があったら素直に質問をする、賢い良い子だ。
賢くなければ、何が分かっていないかも分からないのだからね。
「しかしハンナ、屋台の人達とか一週間も引き伸ばされて大丈夫なのじゃ?」
「ええ、そこに関しては旦那様の配下の商人の皆様方にお願いする予定です。
実は先日、抽選ではじめの三日の場所の取り合いを行っていましてね。
なので『二次抽選』を行おうと思います。
領都から貿易港は目と鼻の先ですしね。三日も猶予があれば十分かと」
そういえばエミリー先生も、昔は行商人の娘で、屋台で商売をするのにお金を払っていたんだっけ。
ボクがレースをする最終日とか、商人たちの間で激戦になりそうだ。
予定が一通り決まると、タカラが満足げに喋り出す。
「話はまとまったわね。
それじゃあ、試合も正々堂々と……」
「待てやあ!」
突然の怒声。
それを上げたのは隻腕の老人。
護衛隊の隊長をしていた、ルパ族副長ヴァン氏である。
普段は温和な彼だが、その実態はバリバリの武闘派。
古来からの剣術でミアズマが造った改造人間を倒している程である。
彼は一振りの魔剣を抜き、肉食獣の目付きで睨みつけた。
まあ、妥当な反応。
「黙って聞いてれば、此処から無事で逃げられると思っておらんだろうな」
「思っている……と、言ったらどうしますか?」
「ぶち殺す」
言葉を言うより早く、獣人の脚力で前に跳び上がり、そのまま切りかかる。
勿論タカラは狙撃銃で迎撃。
銃弾が額のど真ん中に撃ち込まれる。
「なんのっ!」
だがヴァン氏は、銃弾が当たると同時に首を捻り、まるでボクシングのスリッピングよろしく『頭蓋で受け流し』をしてみせたのだ。
額に横一文字の傷が出来るが、それだけ。
後から聞いた話だが、はじめの襲撃の時に銃弾の速度や威力を解析し、その場で考えた対処法らしい。
獣人の超身体能力あっての技である。
「仇よ覚悟っ!」
「甘いっ!」
そこに入ってきたのは、馬の股下を潜って出てきたフォウである。
膝より下の低空ダッシュを行い、馬の足を足場として加速し、ヴァン氏とタカラの間に瞬時に入って来た。
彼は身を捻り片手で身体を支えた状態から、馬のような後ろ蹴りを放つ。
その選択肢を選んだ理由として此処が馬車の上である事と、足のリーチが長い事。
そしてヴァン氏が攻撃モーションに入っている事から、蹴りが届く距離になったのだ。
そのまま当たればカウンターとなる。
「くっ」
ヴァン氏はグリンと器用に、空中で腰のみ捻って鞘を盾にした。
敵の攻撃を目視して攻撃をキャンセルとか、どんな反射神経しているんだ。
鞘に蹴りがぶつかって、ヴァン氏の巨体が衝突事故でも起こしたかのように後ろに飛ぶ。
彼の身体は護衛隊の中に突っ込んでいった。
「それでは10日後だ!
その時に再び頂きに参る!」
フォウは楽しそうに叫び、タカラを小脇に抱えて馬に乗る。
そして全力疾走で逃げて行き、あっという間に平原の中の点と化したのだった。
速くて良い馬だなあ。
残されたのはボロボロになった馬車だった。
華やかな幌は切り裂かれ、床には戦闘痕としてあちこちに穴が開いている。
ボクは思わず口に出した。
「……ハンナさん、馬車で領都に入るのって延長出来るの?
その、祭りの開始日をズラすとか」
「無理ですね。もう準備万端で、後は坊ちゃまが来るだけという状況ですし」
どうしよう。
ていうかスルーされていたけど、ボクが負けた場合もどうしよう。
貴族なのに、なにも選択出来やしない。
読んで頂きありがとう御座います。
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