549 汚い足で築く覇道
馬車の上では膠着状態が起きていた。
全員で胡坐を掻き、ボクは気になっていた第一声を放つ。
ボクは流され易い性格なので、自分から何かをはじめる事はあまりないのだが、大切な事はその限りではない。
それ自体、最近自覚した事であるが。
ボクは自分が思っていたより嫉妬深い性格であるらしい。
「アセナ、彼は誰だい?」
突如花嫁を誘拐にしに来た少年──フォウについて。
ボクは彼が名乗った以外の事を知らない。
同じ出身で、同じ身分のアセナなら知っているのではないだろうか。
しかし、アセナは意外な返事をした。
「知らん」
「……は?大草原で昔からの付き合いがあったとかじゃないの?」
「いや、確かにリン族とは付き合いがあったし、当時の族長とも面識はあるが、コイツは知らんな。
ぶっちゃけ、突き破って顔を見せた時に思った事は『誰コイツ?』だった」
「え~……当時の族長の子供だったとかは?」
「ないな。
確かになんか重要な儀式で、リン族族長の一家がやって来て宴会をした事はあったけど、こんな髪色のヤツ居なかったぞ」
そして「そもそも大平原って大陸を跨ぐくらいデカいから、『遠くの部族の人間が会いに来た』ってだけでも大冒険だったりする」と、付け加えた。
確かにボクが『国内の別の貴族と面会』と聞くと、明日にでもスケジュール組むかって感じだけど、もしも海外にも領土を持つ大帝国とかなら話は変わるか。
実際ボクも、外国で王子やってる従兄弟の存在は最近まで知らなかった。
「でも、リン族に追放されたんでしょ?」
「まあ、そうなんだがな。
でも、アタシもなんか突然奇襲されてパニックの内に流れでそうなったって感じだな」
「はあ……」
「ルパ族が平和思想で、本来の戦闘民族としての気持ちを忘れかけていたのは確かだ。疑いようはない。
でも、対処できなかった一番の本音は『よく知らない連中が突然キチガイムーブをしてきた』ってところが大きいんだ。」
そういう感じかあ。
確かに謀反が成功するパターンって「まさかコイツが裏切るなんて」の奇襲する例が多い。
そして、それに当て嵌まるのは「物凄い信用を置く忠臣」か「物凄い空気なモブ」のどちらかの可能性が高いのだ。
そしてアセナの反応から、リン族は間違いなく後者であった。
ていうか、今正にフォウはキチガイムーブで襲い掛かってきてる。
アセナは顎に手を当て眉間に皺をよせ、首を捻って思い出そうとしているが、やはりフォウの事は記憶にないらしい。
だが、別の事を思い出すのに成功した。
「でもそういえばリン族の居た地域は、温度の高い『蒼炎』を神聖視するとは聞いた事があるな。物凄い離れているから実際に行った事ないけど」
「普通は『赤炎』を浄化の象徴としているんだっけ。
だからアセナのような赤髪は縁起が良いとされるし、服も赤色が多い」
ボクが今着ている花婿衣装も赤だしね。
「でも宗教的にそれって良いの?」
「どちらかと言えばアニミズム系だから、まあ。
地方ごとに解釈が違うのはよくある事だし、その辺は柔軟に対処してるよ。
実際、今回の結婚式で上手く話が進んだのもこの辺の気質がある」
そこで、渦中の人であるフォウが話に入って来た。
その表情は、自信満々のドヤ顔である。
「そうだ。それ故に余のような『蒼銀』の髪が素晴らしいとされる。
だから、余には族長になる正当性があるという事だ!」
そう言って彼は髪を掻き上げた。
一人称、『余』なんだ。仰々しいなあ。
手で影になった部分が、確かに青色にも見える。
そこで、貴族として教育を受けているボクは何となく合点がいった。
「……君さ、もしかして前の族長を暗殺したりした?」
「その通りだが、問題ある行為ではない。
我々遊牧の民は、本来は強き者が長となる形式だった筈だ。
腑抜けを討つ事は正当な行為である」
う~ん、この戦国時代脳。
ぶっちゃけると下剋上の為に暗殺する事自体は、現代でも珍しい事じゃないんだけどね。
只、普通は政戦に備えてもうちょっと隠すよ。
まるで、ウチの国を話し合いでは無く武力だけでどうにかしようと考えているかのようだ。
実際そうなんだろうけど。
ボクは頷き、しなるように座るタカラに視線を向ける。
彼女がミアズマとして、内乱の黒幕である事は、総帥ヤクモから酒場でチョロッと話だけ聞いている。
もしもボクが敵国のスパイだとしたら描くであろう絵を伝えてみた。
「あくまで仮定だけど……。
族長の家系とは特に関係の無いフォウを、銀髪ってだけで『正当性がある』と思い込ませた訳かい。
そして暗殺までさせた」
ボクと同じくらいの年齢だから、暗殺した時──人を殺した時は5歳くらいか。
タカラがスナイパーとして援護したんだろうけど、ハードな幼少期だと思う。
昔のルパ族ならそれもありだと思われるが、近代は割とウチの国と倫理観は変わらなかったそうだし。
しかしタカラは、いけいけしゃしゃあと言う。
両手を大袈裟に開いていた。
「あら、無関係だなんて酷い。リン族の出身だから関係あるわよ」
「いやその理屈はおかしい」
「天下を取った皇帝にはよくある事じゃないの」
「そういうのは大体乱世の奸雄だよ。
アセナの父上は平和思考で安定した政治を築いていたからそのままで良かったんだよ」
王室が腐りきって、革命軍が立ち上がり王位を強奪するパターンはよくある。
その場合のリーダーであれば正当性なんてどうだって良い。
ただしそれは、民衆が求めているからであるが。
王家のお家騒動で民衆を巻き込む……なんてケースもあるが、あくまでお家騒動なので血族は必須だ。
そこで声を上げたのは、フォウだった。
「いいや、これは民衆が求めた結果だ!
遊牧の民たちは古き良き在り方に賛同し、その口火となったのがリン族なのだ!
そして事実、平和というぬるま湯に浸かっていた前族長も、ルパ族も滅ぼされた」
「……つまり、君の暗殺事件にリン族は『全員』同意したという事だ」
「当たり前だ」
「その調整をしてたのは、そこに居るタカラなのかな?」
「よく分かったな。余は長として力を示し、政務はタカラが行っている。
お陰で大草原の円滑な平定が出来たのだ」
「その『平定』っていうのは、話し合いかい?それとも力で従わせているのかな?」
「強き者が長なのだから、力によるものに決まっているだろう!」
「……さいですか」
貴族として色々言いたいところはあるけど、ここら辺がタカラの『黒幕』としての情報操作かな。
暗殺の前に、リン族という小さなコミュニティの中で民族感情を操作し、部族を纏め上げる。
そして強盗紛いの奇襲によって最大勢力であるルパ族を追放。
司令塔が無くなる混乱を利用し、騎馬による機動力を活かして大平原を統治した。
分かり易い砂上の楼閣だね。
内ゲバが起こらないように王国という『外』に敵を作り、様々な部族を纏めている状態か。
近頃の侵略の活発化は、これによるものと考えて良いだろう。
だとすれば、だ。
「アセナに結婚を迫っているのは、部族の完全な統治を目指しているのかな?」
「その通りだ。
今もルパ族を慕い、リン族の統治に不満を持つ者たちは多い。
故に大草原から『逃げた』ルパ族を下に置く事で、完全な支配とする。
そして現在ルパ族の所有する、この草原を支配する事で王国侵略の足掛かりとするのだ!」
彼は堂々と言ってのけた。
此処は貸与であって、ルパ族の物じゃないんだけど、それはどうでも良い。
取り敢えず言いたい事はひとつ。
「あんま関係ない話かも知れないけどさ、誘拐してもアセナは君を愛してくれないよ?」
「構わぬ。必要なのは結婚という事実である」
ボク『達』の歩みが汚された気がした。
ボクはアセナが好きだ。
何年もかけてアセナと心の距離を縮めてきた。
はじめの彼女はボクの事をそこまで好きで無かったけど、ボクは格好いい姉貴分の彼女に憧れて、少しでも好かれたくて、完璧ではない歩みを経て今の関係になれたのだ。
故に、彼女は気丈であるが深い傷跡を持っているのをボクは知っている。
完璧ではない彼女を知っている事を誇りに思ってる。
「……自分で追い出しておいてよく言うよ」
『逃げた』だなんて、お前にアセナの何が分かるんだ。
傷付ける事がそんなに偉いのか。
しかしそれは、タカラの言葉に掻き消された。
「流石の王道で御座います、大平原王よ」
「うむ。よきにはからえ」
呼び方、『大平原王』なんだ。
大航海時代も終わった国を目の前に、それを言うかね。
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