543 大宴会のはじまり
「凄いな。何時の間にこんな準備が出来ていたんだい?」
外を見た時の、ボクの第一声である。
結婚の儀式が終了し、アセナに手を引かれて屋敷の外へ。
そこで見たのは、この町全員が参加しているのではと思える程の大規模な踊りだった。
踊りと共に奏でられる音楽はラッパや太鼓や笛などで、独特の風情を感じさせる。
似たような状況ってなんかあったっけ?
ああ、そうだ。ついこの間行ったナイトクラブに似てるな。
あの時はジャズバンドで踊っていたが、適当ながらも楽しそうに、パワフルに踊るというのが特によく似ていた。
するとアセナが、腰を手に当て口を開く。
しとやかな化粧をしたままだが、何時も通り竹を割ったような口調だった。
「お前達が通る道から見えないよう隠していたんだ。
建物の裏とかで羊を捌いたり、料理とかしていたりなあ」
「え、なんでそんなスパイの如く面倒な事を」
スパイ系の話とか読んでいると、かなり大規模なトリックとかある印象。
目的の為に村ひとつでっち上げるトリックとかあった気もする。
そりゃハンナさん直属の部下だからスパイのようなものだけど、そんなところまでスパイでなくても良いと思う。
アセナは大いに笑った。
「アッハッハ、違う違う。
アタシ達も前代未聞の事だったから、文化を知らない側に対して迷惑をかけちゃわないかって話になってな。
本来なら新郎が来る前に祭りが始まっているんだが、アダマス達が道を通り易いように整備しておいたんだ。
……それに」
彼女はチラリとシャルを見た。
何を言いたいのか伝わったのか、シャルはギクリと肩を震わせる。
マイナスな事ほど、人の察しはよくなるものだと思う。
「途中でお祭りなんかやっていたら、フラッとそっちの方に興味を引かれて到着が遅れるかな~って思ってな。
おおかた、水車小屋のところでも止まっていたんじゃない?」
はい、図星です。
まるで見て来たかのように、彼女は語る。
彼女はボクの沈黙を肯定と捉え、しかし楽しそうに頭を撫でてくれた。
もう片手でシャルの頭も撫でる。
平等に接しないと、シャルは結構ズルズル引きずりそうだしなあ。
「ま、そういう訳で『アタシも混ぜろ』という事さ。
さあ、楽しもう」
そしてアセナを先頭に、ボクとシャルは付いて行く。
更に後ろに、ハンナさんとエミリー先生も付いて行く。
そんな中のボクとアセナの姿は、夫婦というより姉弟のようだったのではないだろうか。
◆
シャルは小動物のようにキョロキョロと辺りを見回す。
小動物というが、臆病という意味では無く好奇心が強いという意味である。
寄り道を咎められる事は無いと分かり安心したので、気を大きくしてとても楽しそうだった。
お祭りに連れて来たお子様ムーブである。
視線の先には、地面に敷かれた絨毯。
その上には、料理が盛られた大皿が並べられいる。
大皿も綺麗な模様が入っているが、シャルが見ているのは料理そのものだろう。
料理は飾り気無く素朴であるが、食べたいと思わせる豪華な物だった。
内容はテント村で食べられなかった焼き飯もそうだが、昔アセナと一緒に作った揚げパンもあるし、他にもモツ煮、分厚い羊の焼肉など料理らしい料理もある。
ボク達みたく丸焼きとかにはしないんだな。
余談であるが、ジャングルなどで定住するタイプの部族は獲物を獲った後にそれを丸ごと燻したり焼いたりして数日かけて食べ、無くなったらまた狩りに行くという文化らしい。
大して騎馬民族は一か所に留まらないので、丸焼きを皆で食べる為に集落の中心に置いておくなどの考えが無いのかも知れない。
あくまで思い付きであるが。
「アセナッ、アセナッ!ここらのお料理はお金を取らないんじゃの」
「まあ、『宴会』の延長だからねえ。
今の町はでっかい『家』そのものだ。
自由に取って自由に食う。
無くなったら補充されて、歌って踊る。
そんな日々が三日三晩続くのが、アタシ達ルパ族の結婚式なのさ。
多い方が楽しいのだから、知らない人が居ても構わないって事だな」
そういえば父上も、この風習が領都でやるのに丁度いいって言っていたね。
しかしボクとしてはスケジュールについて思うところもあった。
「ところでハンナさん、宴会がはじまっちゃったけど、本来の目的である領都での祭りは大丈夫なの?」
「ご安心を。本日の昼には始まる予定です。
この祭りを昼食とし、馬車にて領都へ向かいパレードとします」
「情報浸透させる作戦は?」
「それは既にやっておりますね。
アセナもその準備が出来たから結婚式の実行まで計画を移しましたし」
「さいですか」
お昼は此処で済ませるから、沢山食べてもオーケーという事だな。
パレード用の馬車というと、まあ大きくてキラキラしたやつだよなあ。
これも貴族の役目という訳か。
ボク。コミュ障なんだけどな。
気が重くなったので、取り敢えずシャルにいっぱい食べさせて和もう。
何時もは小動物系のシャルに食べさせているけど、今日は皆にも食べて貰ってさらに和もう。
そして時間になったら思い出して、「ハイハイ、やれば良いんでしょ」とガックリと肩を落としながら重い腰を上げるとしよう。
生きているってそんなもんだ。
と、考えていたら「12歳のガキがなに分かったような表情してるんだ」と、アセナに拳骨を落とされた。
いたた、違ったらどうするんだ。
え、ボクは分かり易いから、核心を持ってやったって?
はいはい、そうですか。
やっぱ、ハンナさんの次に長く接しているアセナはそういうのに鋭いなあ。
◆
そんな訳で、シャルに食べさせるご飯を物色する。
先ずは焼き飯だ。
本来はお祝いの席の料理という事でいっぱいあり、よくよく見れば油を使った物が多いな。
「シャル、何が食べたい?」
その問いに、シャルは何かを言おうとして、背筋を伸ばし止まる。
そして何かを考えるように上を見て、トリックを思いついた怪盗であるかのようにニマリと笑って此方を見る。
小悪魔じみているとも言える。
「むふふ、そうじゃなあ……じゃあ、お兄様の食べたいものを食べるのじゃ!」
まさかの注文だった。
何時もは自分の食べたいものを積極的に注文するのに、どんな心境だというのか。
肝心な時に、読心術は何も教えてくれない。
親しくなると結構読めるようになるのだが、それ故に向こうが隠そうとしているのなら読めなくなるのかも知れないな。
だってコレ、動作や表情から顔色を伺う能力が生まれつき鋭いってだけだし。
そこから読めるのは彼女の感情のみだった。
『好奇心』、そして『労わり』といったところか。
全くもって、女の子の心とは不思議な物である。