541 剣や弓なんかは世界中で同じ形である
衣裳部屋な為なのか、個室にしてはやや広めだった。
壁には絨毯、置かれる家具は飾り箪笥。
さてはて花嫁を迎えに行く民族衣装はどのような物か。
ワクワクと期待を膨らませる。
お婆さんが両手で摘まんで、それを持って来る。
ケモミミメイドさんじゃなかった。
ヴァン氏の妻らしい。
まあ、こういう重要な役割は若いメイドさんじゃなくて経験豊富な方が信用出来るし、結婚式でボクにハニートラップを仕掛けるなんて逆効果だ。
ただちょっと、思春期なりに残念だなぁって思っただけなんだ、うん……。
「それでは婿殿、衣装は此方で御座います」
「ああ、来た……え?」
ボクは一瞬、目を見開いた。
それはコートに似た、裾の長い服。
胸にはチューブ状になったポケットが幾つも付いているのが特徴的だった。
色は赤。
赤は大平原の人々にとって縁起のいい色であるらしい。
民俗信仰によくある『火』によって罪を浄化するってやつだね。
こういう宗教的背景もあってルパ族は火葬。
他にも彼等の神話だと神が姿を変えた赤い狼が登場する、というのもある。
そんな影響もあって赤毛の子供は縁起が良いんだとかで、容姿の基準にもなっているらしい。
事実、アセナもルビーのような赤毛だ。
彼女の努力を否定する気は1mmも無いが、容姿が良い事はある種のカリスマでもあるのだろう。
ボクも容姿が女性のように整っているお陰で、社交の場において『ネクラ』が『ミステリアス』に自動変換されて許されている部分あるし。
「『チョハ』……ですか?」
「おや、知っておいででしたか。
それに今は、身分的に溜口になるべきですね。マナーです」
「ああ、これはごめんよ。
取り敢えず……服には詳しい方だからね」
「まあ、それは素敵!
平原の民族は布を多く取り扱いますから、これを機に領都の方々とも良い取引が出来そうですね」
「ん~、良い取引は出来そうなんだけど、ボクがチョハを知っていたのはこの身分だから得られる知識だから、そこまで期待しない方が良いかも」
「あらら、残念」
そんな会話で茶を濁す。
ぶっちゃけると、ボクが異世界に行った際の友人の愛用していた服だった。
父上がバイクの技術を持ってきた時と一緒だ。
まさかこんな所で着る事になるとは。
環境が似ていると生活も似るのかもしれない。
──コラボ企画でやった小説の話ですし、これ以上本編に持ってきてもアレですかね
そこでふと、ハンナさんの声も聞こえた気がする。
すると、これ以上は異世界について考え込まなくても良いだろう……と、思うようになっていた。
「しかし……だ」
「如何なさいました?」
「この胸の袋は、火薬を入れる為って聞いたんだけど、君達の身体能力だと要らないんじゃないかなって思ってさ」
なんせボクの知っているチョハの胸ポケットは、異世界での使い方だ。
獣人は基本的に剣と弓。
何故なら人間を超えた身体能力を持つ彼等にとって、そっちの方が銃より強い。
銃なんて使うのは軟弱者なんて風潮がある程である。
そして軟弱で臆病なボクは、ルパ族のプライドを傷付けないように付け加えておく。
「いや、ボクの情報が間違っているのかも知れないと思ってね。
なんせ出版社は結構ガバガバな調査で本を作る事が多い。
武器図鑑でサーベルは重さで叩き切る武器だって見た時には、『実際にサーベルを使った事が無いんじゃないか?』と思ったくらいだ」
尚、サーベルの下りは本当である。
それを聞いて、ヴァン氏の妻は納得したように目を開いて手を叩く。
この辺の反応女性なんだなあ。
「ああ~!
確かに人間種の方々はそのような使い方をしておられますわね。
我々獣人としては漢方や生薬を入れている場合が多いですね。
錬金術士の試験官に近い、金属の筒が嵌まります」
あ、大平原って獣人だけじゃなくて普通にボク達のような人間種も居るのか。
普段、遊牧民の基準としてルパ族に接していたので大平原は獣人しか居ないという思い込みがあった。
異文化あるあるである。
「平原の民は、優れた漢方のレシピを持っていますが、森で取れる素材を使うものも多くあります。
平原を旅する時は、都合よく森が近くにあるとは限らないので、ストックしておくのですよ」
「なるほど……確かにルパ族秘伝のレシピには助けられていますね」
アセナとキャンプに行く時とか、現地調合の虫除けとか洗髪剤とかをよく使っているのを見る。
尻尾の毛並みは獣人にとって重要な要素らしい。
後はボク自身も、治療などに役立つレシピを教えて貰った。
「上級貴族たるもの、暴動や誘拐に備えて森に潜伏くらい出来なくてはいけない」との、父上の方針に寄り、強制的にナイフ一本でサバイバルをする事がよくあるのだ。
そして本当に効くのだから驚きだ。
錬金術で『科学的』に合成されたものより効果が高い物も沢山ある。
こういうのを『遅れた文化』という人も居るが、そんな事は無いと思うんだ。
ベクトルが違うだけで、獣人は賢いよ。
大学を出たってだけでインチキ論文を量産する学士よりずっと賢い。
アセナなんて、異民族かつ女性だからやれないだけで、弁護士になれるだけの法律の知識も持っている。
それに、だ。
「近頃の我が国では、工業化の反動のせいか『天然』への需要が高まっているね。
その流れで君達の薬品を売り出すのは、これからのルパ族の人々からの心象にとても役立つものだと思う。
薬品には許可が必要だけど、ウチならそれを出来る権力があるしね。
こっちの方が服よりも競争相手が少ないかも」
「おお、それはそれは。
是非、お願いしたいものです」
なんとなく言った事であるが、政治的に正解な台詞だと感じた。
ルパ族をウチの領に受け入れさせる。
そのビジョンに「協力していきます」という意思表明となるのだから。
さて、花嫁の顔を拝みに行こうか。