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539 コッペパンを要求する!

 アセナへの結婚式に向かう最中、休憩でテント村の市場に寄ったら、テミルという此処を仕切る氏族の長に会った。

 仕事の最中に邪魔しちゃったかな。

 「何の用か」と暗に言っているので、ボクは正直に話す事にしたのだった。


「アセナとの結婚式に向かう時に寄らせて頂きましてね」

「……なんとっ!?こんなところに立ち止まっている場合じゃないのでは!?」


 意外な事実だったのか。

 テミルは少し咀嚼に時間を掛けて、オーバーリアクション。

 それとも氏族の長だけあって真面目な人なのか。


 そして彼の言う事は、全くもってその通りであったのだ。

 アセナはルパ族全体の族長だから、彼の今後を左右する問題でもあるしね。


 やり取りを目にしていたシャルは申し訳なさそうに目を伏せる。

 彼女が休憩を言い出したからだろうな。

 まあ大丈夫だ、君は悪くない。

 そこまで大袈裟に考える事でもないさ。


 彼女の頭を撫でて安心させる。

 こういうのは『仕事の一部』として処理すれば納得できるものさ。

 あからさまなのは只の腐敗貴族だけど、今回はそうでもない。


「暫く見ない間にここいらの様式が変わっていたので、20分ほど視察をしていたのですよ。

この程度の時間なら誤差ですしね。

今回の結婚式は人の社会と獣人の絆を深める物です。

ならば、同様にかけ橋として作られた此処は見ておくべきかなと。

此処の治安云々によっては、絆も絵空事になりますからね」

「なるほど……それで、我が氏族の治安はどうでしたかな?」

「今のところ大丈夫かと思います。妹も喜んでいますしね。

変わらぬ関係を築いていきましょう」

「ははー」


 言って、向こうは王に接するように深く礼をした。


 間違ってはいないのでこれでヨシ!

 シャルに向かって慣れない微笑みを向けると、パアッと明るい笑顔を浮かべる。

 かわいい。安心はさせられただろう。


 折角なので、彼のお勧めでナンを買って皆で食べた。

 つまるところコッペパンで、無発酵なので柔らかくは無い筈なのだが、不思議とモチモチしていて小麦の甘味が感じられる。

 なんだろコレ、凄く美味しい。

 驚いていると、テミルが得意そうな顔で説明してくれる。

 自身の文化へのプライドが高いタイプなんだろうなあ。


「甘さを引き出す秘伝のレシピがあるのですよ」

「コッペパンなのにかや!?」

「はい、コッペパンですが」


 シャルがナイスリアクション。

 テミルは嬉しそうだった。


 う~ん、もぐもぐ。

 パン作りは奥が深い。

 そういえばクロワッサンも職人で天と地ほど味が違うか。

 やっぱ美味しいお店は、地元民に聞いてみるのが一番だな。


 立ちながら食べていると「詰所に客人としてご案内しましょうか」と言われたが、「いいえ単なる休憩です」と軽く断る。

 そんな時、恐れていた質問が来た。


「しかし、問題がないならば何故、今のタイミングで結婚を?」


 う~ん、流石氏族の長だけあって鋭いな。


 ハンナさんに喋って良いか目配せしたところ、コクリと縦に頷く了承のサインを貰う。

 じゃあ良いか。

 ボクは父上から聞いた事をザックリと話した。

 彼等を難民に追いやった、リン族の侵攻が本格化している事についてである。

 黒幕に付いては、まだ機密が多いので伏せておく。


「なっ!……そうですか」


 一瞬驚くも、彼は直ぐに飲み込む。

 一番偉い人間が、部下の前で動揺する訳にもいかないという事だな。

 実際、後ろで聞いた部下たちはザワザワと正直な反応をしている。


「そういう訳で、なにか『邪魔』が入るかも知れない。

その際は君達に『仕事』をして貰う事になる。

同種族だけど、大丈夫かい?」

「ははっ!お任せください!

そもそも奴等は同種族ですが、最も憎き隣人。

政治的な事情が無くても、出会ったら真っ先に倒すべき敵であります!」


 元気な返事だ。

 そして瞳には使命感というより、憎しみの炎がメラメラと。

 エミリー先生が楽しそうに耳打ちしてくれる。


 読心術が読み取る彼女の気持ちは『共感』。

 普段は愉快に振舞っているが根本的に復讐者である彼女は、共感出来る事があるらしい。


「実は彼等には『仇討ち』の慣習もあってね。

親族が何代にも渡って、なんならその友人なんかも参加する。

『民族滅ぼされました』は、どちらかを滅ぼすまで続くような大問題だ。

それをどうにか制御して、納得させているのがアセナだね」


 うわあ、戦闘民族だなあ。

 しかしそりゃ凄い。

 ぶっちゃけアセナ、ボクより領主の才能があるのではないだろうか。

 やはり異民族の融和には、その民族の出身者に統治させるべきという事だろう。


 そして長の彼は、真面目な顔でボクに向き合った。

 因みに獣人は人間なんかよりずっと優れた聴覚を持っているので、勿論さっきのヒソヒソ話も聞かれている。

 只の「ちょっと言いづらい、秘密の会話をしていますよ」というポーズである。


「様々な苦難を乗り越え、この緑豊かな『楽園』に至ったのも我らの姫様が、婿殿と契りを立てて頂いたからで御座います。

此度の結婚の果てにある未来、我ら一同多く期待しております」


 熱い態度であった。

 『我らの姫様が』で『ご期待』と来たか。

 やっぱ彼等の根本的な忠誠は、ボクでは無くアセナに向いているんだなあ。

 プライド高いし。


 まあ、侵略する気が無いならそれで良いのだけどね。

 情報重視のウチの暗部は優秀だ。

 もし、その動作を見せたら直ぐに首を落とすくらいの実力はある。

 その危険性は自らが暗部であるアセナがよく分かっている筈なので、厳重に言い聞かせているだろう。


──ゴクン。


 ボクはナンを飲み込んだ。

 小さいサイズだし具も砂糖も無いので、そこまでお腹には溜まらない。

 いい塩梅である。


「シャル、満足出来たかい?」

「うむっ!お兄様、ありがとうなのじゃ!」


 よしよし。

 こうして寄り道をしたものの、ウチとルパ族との距離感を知れたのは収穫と言える。


 じゃあ出発しようか。

 ボクは白馬の鐙に脚をかけるのだった。


 吾輩は白馬に乗った王子様である。

 支持率は少ない。

挿絵(By みてみん)

お絵描き。アダマス


読んで頂きありがとう御座います。


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