536 白馬に乗った王子様
※パパ上はコラボ企画で異世界に行ってた模様
https://ncode.syosetu.com/n5436hz/22
厩舎の中に入ればずらりと馬用の小部屋が並んでいた。
木の扉の上に顔を出す為の四角い穴が付けられ、中央を開け閉めできる鉄格子の窓が付けられる。
故に様々な馬の顔が見れて、シャルは可愛らしく小さく手を振っていた。
「それでは奥へどうぞ」
予め準備をしていたというハンナさんが案内をする。
家畜小屋に必ずある糞の臭いが無いのは空調によるもの。
特に此処は、蒸気で動く最新の空調機が備え付けられ、馬がリラックス出来るよう独自技術で静かに稼働している。
尚、動力は街全体に張り巡らされた蒸気管を使用する仕組みだ。
蒸気管は契約してれば誰でも使えて、特に工業区には欠かせない公共インフラとなっている。
「しかしハンナさん」
「如何なさいました?」
「今更言うのもなんですが、正室のシャルを連れて行くって大丈夫なんですかね。
なんかエミリー先生は『後で来る』とか言ってさっきから見ませんけど、彼女も婚約者ですよね」
「ええ、構いませんとも。
本来アチラの結婚式は、花婿が家族と共に迎えに行くもので、ハーレム文化もあるそうで。
裕福であるなら四名まで妻を持つ事が出来るそうです。
なので、お嬢様とエミリーさんは家族の対象内となっております……家族枠なら『ちゃん』の方が良いでしょうかね?」
「いえ、『さん』で良いです」
「あらあら、うふふ」
ハンナさんはからかうように微笑んだ。
彼女は時々エミリー先生をちゃん付けで呼ぶのだ。
ボクが5歳の頃、まだ子供だったエミリー先生とはじめて会ったのだが、その場面にハンナさんもボクの護衛として同行していたからだ。
その時も、今と同じ見た目だった。
ハンナさんは年齢不詳なのだ。
「じゃあ、父上と母上は来る必要はあるのでは?」
「王族など、宮殿から離れられない身分の例もありますので。
その場合は家臣が代わりに迎えに行くのです。
それに則り、今回は私もお供させて頂き、坊ちゃまが直接迎えに行けば吊り合いは取れるかと」
なるほど。
他国の結婚式には詳しくないので、そういうのは助かる。
ハンナさんは何時だって、ボクを導いてくれる。
ピタリと、ひとつの小部屋の前で足を止めた。
「それでは、此方が本日坊ちゃまにお乗り頂く馬で御座います」
ハンナさんが示す先に居たのは、驚く程綺麗な毛並みの白馬だった。
元々こういく毛並みかと聞けばそうでもなく、この日の為に彼女が念入りにブラッシングをしたらしい。
貴族は一頭の馬にずっと愛着を持ち続けるらしいが、ボクは別にそうでもないのでこの馬の名前も知らない。
一方でシャルが、期待した目付きでハンナさんを見た。
なので彼女は近くの小部屋を指す。
「そしてお嬢様は此方で御座います」
シャルにはボクの物よりワンランク劣る、栗色の名馬が選ばれた。
彼女の身長は139センチとかなり小柄なので子供用の馬具が取り付けられる事になる。
例えば足を固定する為の鐙を吊る為の紐が、シャルの足の長さに合わせて多少短かったりする訳だ。
そして乗るときは大人に身体を持ち上げられ、乗せて貰う。
ならばポニーなど小さな馬も使えば良いのではという話にもなるが、学校の授業でも使うとなるとかなりの数の小型馬が必要となるので、子供に対しても通常の馬で教えているのだ。
この辺、普段使いと両立させなきゃいけないのが経営者の難しいところである。
因みにボクの身長は155センチ。
子供にしては大きな方なので、大人用の馬具を使う事が出来る。
ルパ族の成人は、年齢では無く「馬に乗って狩りを出来る事」が判断基準となる。
花嫁のアセナに恥をかかせる事はないと思いたい。
◆
「それでは、後はお願いしますね」
「「畏まりました、家政婦長殿!」」
ハンナさんが見張り達に挨拶。
そして三人で厩舎の外に出た時の事だ。
──ブルンブルン
突如、蒸気機関によるエンジン音が鼓膜を震わした。
次いでやって来る、無邪気と色艶が混ざった不思議な声色。
自由に見えるお姉さんは、単に蠱惑的であるよりずっと引力が強い。
エミリー先生が来たのだ。
「やあ、アダマス君。待たせたね」
着ているのは、先程のドレスと打って変わって、ぴっちりとした黒い全身ライダースーツだった。
巨乳が着るとインパクトが強い。
天才錬金術士である彼女の『服』は、とても軽い液体金属で出来ており、自由自在に形を変える事が出来るのだ。
なので普段来ているドレスも、毎日微妙に違っていたりする。
後は一部の形を、金属のムチとかどこでも刃とかの武器にも変えられるので、先生自体の戦闘能力も護衛としてかなり高い。
そして、ピッチリライダースーツになっていた理由は彼女の跨る『乗り物』にあった。
「どうだ、見てよコレ!自信作っ!」
分厚く、見ているだけで重圧さを感じ取れる二輪のゴムタイヤ。
金属光沢を放つ、真鍮のボディ。
足の辺りで絡み合う金属管。
背部のマフラーからは蒸気を噴き出す。
新発明であるが、ボクはその『鉄の馬』を知っている。
だって昔、これに乗った怪盗に拉致された事があったから。
ボクに危害を及ぼしたという事で、あの時のエミリー先生は容赦なくて怖かったなあ。
「『ナナハン』……ですか?」
「そう、正解だ!なんなら元ネタの通り『バイク』と呼んで欲しいかも。
正確には蒸気式大型自動二輪車。かわいいでしょ」
先生は可愛らしくウインクをした。
「以前に敵が使ったのを再現したので?」
確かあの後、領主権限によって父上に回収された筈。
この世界においてリバースエンジニアリングは珍しい事では無い。
特に古代文明の遺跡から、遥か未来の文明の技術で作られた『オーパーツ』が発見される事があり、それを此方の技術に合わせて作るのである。
ウチの領地も、時たま下半身に無限軌道を付けた蒸気ロボットが走るようになったものだ。
「ん~、私もはじめはその予定だったんだけどね。
侯爵様がもっと凄い技術を持ってきたから、そっちを主軸に作ってみたんだ」
「もっと凄い……ですか?」
「なんでも異世界にバカンスに行って来て、未来文明の設計図を大量に持ち帰ったんだって」
「はあ……」
突然の情報に、返答に困った。
この世界の古代文明による『オーパーツ』から得られる時もあれば、全く別の『異世界』からやってくる時もある。
いわゆる異世界転移者というもので、ボク自身、何人か知り合いも居た。
そして向こうから異世界人が来るならば、此方が突然異世界に行く事もある。
しかしなにかの『力』が働いているのか、異世界物の物語みたくずっと滞在しているわけじゃなくて、一週間もしない内に返って来るけど。
なのでボクとしては観光気分で行くのだが、大量の貴重な資料を持ち帰っただなんて、あのアホはなにをやらかして帰って来たんだか。
ボクは次期領主であるが、上層部については知らない事だらけだ。