534 民族丸ごと追放~悪役でもない令嬢なアタシがその場のノリで追放されました~
ジャガイモという植物がある。
ナス科ナス属。
山脈地帯を原産としており、現在、我が国の庶民の胃袋を支える大切な食材だ。
240グラムのフランスパン1〜2個程度の価格で、ジャガイモは約8キロ一袋を買える。
庶民の間でフィッシュアンドチップスが流行るのも納得だ。
敢えて言うなら、シャルと一緒にデートで食べた事があったけど、庶民向けの屋台の物は、モルトビネガーをドバドバ入れて味付けされているので安い物はあまりお勧めしない。
それではこのジャガイモは何処から来たのかといえば、我が『ピコピコ=リンリン王国』の東、国境の向こうからやって来たのだ。
ボクも授業でやった程度の知識だけど、国境を超えると大陸を横断する大平原があり、その向こうに巨大な山脈地帯があるらしい。
この山脈地帯に生えていたのがジャガイモやトマト等で、大平原を介して中世以前にやってきたそうな。
余談であるが、つまりこの世界での中世にやって来た異世界転移者は、ジャガイモを食べていたという事でもある。
中世ヨーロッパ風の異世界の生活を、地球のものに合わせようとするジャガイモ警察が来ても安心だ。
さて。
そんな大平原であるが、住んでいるのは主に遊牧民だ。
その中で、『かつて』力を持っていたのが狼の獣人である【ルパ族】。
ボクの寵姫、アセナが治める部族の事だ。
現在は大草原を追放された立場なので、当時はアセナの父親が治めていた事になる。
昔は絵に描いたヒャッハーな戦闘民族だったらしく、その機動力で略奪を行い大帝国を築いては分裂を繰り返していたそうで。
農耕をしない上に寒い気候の土地だしね。
だがその反動なのか、近代においての族長だったアセナの父親は、周囲に対して穏健な政策を取っていたそうな。
ところが、それに反対する同盟部族【リン族】の裏切りによってルパ族は追放。
大草原の覇権はリン族が握る事になるのだった。
ようするに古き良き略奪文化を愛する過激派が暴走したって事だな。
こういうのも追放モノっていうのかな。
父上はボクに語る。
「辺境伯から連絡が来たんだよ。
リン族の侵略が本格化しはじめているってな。
近い内に新聞で庶民にも広まる事になると思うが、それまでに獣人に対する悪影響を防ぎたい。
兎にも角にも領民達に『ウチに住んでいる獣人たちは別物です』ってイメージを植え付けなければいかん」
辺境伯は危険な国境沿いを守る代わりに、強大な権力を持つ貴族の事だ。
この場合は大平原との国境沿いに領地を構える【ミュール辺境伯】の事である。
戸籍上はシャルの母方の実家にあたるので、一族として付き合いがあるのだ。
情報が早く入ったのもその為だろう。
代わりに資金提供なんかをしてるけど。
ウチはお金持ちなのだ。
そして父上は「イメージを悪くしたら、今までルパ族融和政策で注ぎ込んでいた労力と金がパーだ」と付け加えた。
獣人は人間種に比べて身体能力が高い。
その為、情報を重視する父親は暗部等に使えないか考えているのだ。
実際、既に獣人を中心とした新聞社を立ち上げている。
社長はアセナ。
父上はビシリとボクを指さした。
「……と、いう訳でお前は結婚するのだ」
「いや、訳分かりませんよ。
もっと子供にも分かるように言ってください」
説明を端折るなよ。
これだからおっさんは。
「こんな時だけ子供としての特権を利用しおって。
いいか?つまり、我が国の正式な形式では無い、ルパ族の形式で結婚するだろう?」
はあ、そうなんですか。
初耳だよ。
「ルパ族は自国式の結婚なので納得する。
対してウチの正式な式では無いので『妻』という扱いにならない。今の寵姫のままだ。
なので、正規の妻より早く『結婚式』を挙げられる訳だな」
なんかズルいようだが、難民という立場的には仕方ないか。
その代わり将来、ボクとアセナの子供が結構重要なポジションに付く事になるだろうし。
此処で生まれたならウチの子なのだ。
その代わり、迷惑外国人として問題を起こさず、周囲に役立つ存在として根付かせなければいけない。
そう考えると、今回の侵略ってかなりヤバいな。
「で、既に融和化が進んでいるルパ族に何を納得させるんで?」
「うむ。
『自分達は大平原とは縁を切って、王国で根付いて生きていきます』という事を納得させる。
遊牧の民ってやつは土地に縛られず、平原を渡り歩く文化なのだが、結婚という形をとってその文化の破壊を納得させるのだ。
もしリン族が滅んで大平原を取り戻すチャンスが出てきても、我が王国が植民しようとしない限り、取り戻そうとしない事を誓って貰う」
王国は基本的に──無人の土地でもない限り植民地を禁止しているので、故郷に帰れる可能性はほぼゼロになるという事だろう。
それが王国で生きていくという事だと、受け入れて貰わなければいけない。
そして、大平原の同族が攻めてきたら命を懸けて戦って貰わねばならない。
「これらを『祭り』として大々的に行うのが、今回の計画だ。
新聞やクラブ、バーなどの噂なんかを使ってジワジワと『追放されて可哀想だけど、慈悲深い領主様に拾われたルパ族』というのを浸透させる。
民衆はお涙頂戴劇が大好きだからな。
そして結婚式を領内の派手な祭りとして、攻め込まれる前に庶民の意識にルパ族の存在を完全に植え付ける訳だ」
そういえば遊牧民の結婚式は何日も歌って踊って、なんならそこら辺を歩いていた新郎新婦と関係ない人まで参加するって、前にアセナから聞いた事があるな。ベッドで。
父上の計画と相性が良い文化な訳だ。
「しかしボクって普段からお忍びで外とか出てて、顔の知れた人達にぶっちゃける形になるけど良いの?」
「そこら辺はお前自身、変装が下手で薄々バレてるから心配いらない。
少なくとも何処かの貴族って事は一目で解るしな。
お前、服に気を使い過ぎなんだよ」
うぐ、図星だから言い返せない。
でも服マニアとしては、折角の外。
しかも大体はデートという事でお洒落したいのもあるんだよなあ。
きっとボクは止めないだろう。
「ところで、当のアセナは何処に?
また情報工作用の新聞を作っているんですか」
「いや、式の準備で自治区に居る。
そして花婿は馬に乗って迎えに行くのが向こうのやり方だ。
さ、さっさと準備するんだな」
こうしてドタバタと厩舎に向かう事になるのだった。
因みに厩舎はウチの中庭に大きいのが建てられている。
領主はお金持ちなのだ。
その分義務が増えるのは、ノブレス・オブリージュというやつだな。