532 いわゆる序盤の必殺技
第五章、完
ラッパーを見てから、一週間もしてないある日の事。
この日は、偶然が重なり領主館で全員集合となる珍しい事が起こった。
先ず、アズマとグリーン女史は、暗部の手続きの為に父上に面会。
ハンナさんはそこへ同席。
そしてボクとシャルは、アセナの元で戦闘訓練を受けていたのだった。
領主館内訓練施設『武道館』。
畳張りの部屋にて、道着を着たボクとアセナは向かい合う。
アセナは腰に手を当て自然体。
対してボクは、剣を持つように構えていた。
正面を向き、右手は上。左手は下。そして手は開く。
父上の考案した、バリツの正眼の構え……とのこと。
ぶっちゃけ既存の柔術のパクリらしい。
緋サソリ事件ではじめて父上が見せた『一般人でも使えるように落とし込んだ自身の武術』である。
近くには同じ格好をしたシャルがドキドキした様子で此方を見ている。
アセナは軽く言う。
「んじゃ、準備は良いか~?」
「よし来いっ!」
「んじゃ、遠慮なく……」
そして彼女は前蹴りを放った。
あの時のイオリと、全く同じ速度とモーションを再現している。
協力はエミリー先生。
彼女が義眼で録画したデータを、視聴覚室で再生したのである。
目から光が飛び出て、映写機として機能したのだ。
そんな機能もあったんだね。
でも、よくよく考えれば光を出せて録音・録画も出来るんだから、そりゃあるか。
さて。
ボクは一歩前に踏み込み、左腕を回すようにして蹴りを横から受け流し、回す動きと蹴りの威力を統合。
流れに乗せる。
そのまま半身になり、右足でアセナの軸足を刈る。
つまりは柔道の大外刈りに似た足払い。
尤も正しい大外刈りほど踏み込まず、横から蹴る程度。
だが、『バリツ』ではそれで良い。
蹴りの力と払った力。
その二つが連動して、身体全体の回転を生む。
段々と慣性によるエネルギーは頭部に寄っていき、一回転で最大となる。
そこで打撃を与えると、衝撃は頭蓋骨を貫通して脳に響く。
突きをアセナの顔に放った。
「奥義『流れ落とし』!」
大雑把に言えば相手を柔術で動かし、カウンターの拳で仕留める。
バリツを作る前、若い頃の父上が最も『決め技』として使った技らしい。
外見上はシンプルであり、様々な派生技も存在するそうな。
──パシ
そしてパンチは、呆気なくアセナの手の平でガードされたのだった。
まあ、これくらい実力差が離れていなければボクだって全力で顔面パンチをしようだなんて思わないので予想通り。
バレリーナの如く全身が高速回転していても自分の位置を見失わない平衡感覚と、相手の攻撃に後出しガード出来る素早さで手を動かせば、この攻撃は防げる。
歴戦の戦闘経験と超身体能力あってのガードの仕方である。
取り敢えず人間技ではない。
けれどこの世界の上位陣は、なんらかの方法で人間を卒業しているのが当たり前。
だから、まだまだボクは弱いといえよう。
ボクの拳を掴む彼女は、目を瞑って少し考える。
ソムリエよろしく威力を分析しているらしい。
そして平然とした様子で口を開いた。
「ん~、まあ取り敢えずは合格だな」
そして微笑を浮かべると、防御に使ったもう片腕でボクの頭を撫でてくれた。
彼女は何時も必要以上に撫でる。
一緒に居られる機会が少ないのと、ボクのぱモコモコな頭は撫で心地が良いとの事。
余談であるが、獣人の社会において毛並みが良い事は大切なモテ要素でもあるらしい。
「しかし凄いじゃないか、あの蹴りを見切れる程になるとは。
ぶっちゃけ技が増えるより、そういう基本値が上がる事の方が重要だからな」
「うん、ボク自身も驚いているんだけど、イオリ戦で死線を潜ってから出来るようになっていたんだ。
死と隣り合わせだから、有効な覚え方じゃないだろうけどね」
「ウハハ、そりゃそうだ。
ウチは最近までやっていた教育法だけどな。
まあお前はその分、教師と金に恵まれているんだ。どんどん訓練していこうか」
そう言ってアセナは豪快に笑ってみせた。
「そういう危ないのは今後止めて」と言わないのは、そんな彼女のお国柄故なのだろう。
こうして暫く技の訓練や、武器の訓練も行った。
特に最近のシャルは拳銃の訓練に熱心で、「足を引っ張らないように、なんとか援護位は出来るようになりたいのじゃ」との事。
ボクが守ってやると言いたいのだが、弱い分、耳が痛いね。
◆
訓練を終えると、エミリー先生とバルザックに会った。
この二人はなんだかんだで一緒に居る時が多い。
と、いうよりバルザックがシャルに会う理由作りに同じ錬金術士であるエミリー先生に頼っている。
領主館で一緒に居る時は大抵、成金貴族達の子供相手に教師をしている修業場絡みであるが、今回もそれだろうか。
挨拶しておこう。
そう思った瞬間、エミリー先生がボク達に気付く。
条件反射的に動く首は、まるで野生動物。
一瞬でロックオンを完了し、なにかと言わないがバルンバルンと震わせて、一気に駆けてくる。
「ア~ダ~マァ~ス~くぅぅ~ん!!」
ズドンと抱き締めて来る重装甲機。
彼女はボクの首元に頭を近付け、荒い息遣いを吹きかける。
ああ、何時もの先生だなあと微笑ましい事なので、ボクは別に気にしない。
ポンポンと背中を軽く叩く。
「よしよし、どうもこんにちは。エミリー先生。
お仕事ですか?」
「クンカクンカ、ハアッハアッ……お仕事?
ああ、そういえばそうだ。
そこにいる、彼なんだけど、遺伝子配列を見ただけで大体の『完成図』を予測できる特技があってね」
彼──バルザックの方をチラリと見る。
そういえば、旧都でそんな話していたな。
「で、アズマのDNAデータを読ませてみたんだ。
彼は人造人間の失敗から、魔力による遺伝子アプローチの研究を前々からやっていたのもあるんだけど……、
寿命の件、どうにかなりそうって来たところなんだよ」
え、マジで?
これから通院して長い時間をかけていけば、理論上は健康体になれるとの事。
グリーン女史と同じ時間を過ごせるらしい。
物凄い重要な情報じゃないか。
そんな大変な発見をしたバルザックは、どこかソワソワして、チラチラとシャルを見ていた。
シャルはフンスと鼻息を鳴らす。
ズンズンと大股で近寄り、上を見上げて言った。
「撫でてやるのじゃ、頭を下げい」
この後ボクは、子供のように無邪気に笑う彼を見る事になるのだった。