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525 切り裂きジャックは大変な物を遺していきました

 『切り裂きジャック、逮捕される!』


 ……と、新聞には報道されていた。

 それによれば、『裏組織』の首領が全ての黒幕で、最終的に風俗ギルドとの抗争によって幕を降ろした事になっている。

 死人に口なし、悪いのは全てアイツの精神。

 首領は死んではいないが、挟める口が無い時点で死人も同様だ。


 イオリもミアズマも、そしてアズマの事も一切が書かれない。

 敢えて言うなら次期領主アダマスと、ルパ族族長アセナが風俗ギルドと領主軍の混成軍に加わり、一緒に戦ったくらいか。

 領主の息子への支持率稼ぎと、ルパ族の融和政策。


「つまるところ、つまらない意味での『大人の事情』ってヤツだな」


 ミアズマ総帥セト・ヤクモは、「ウインド・ルーモア・ニュース」と書かれた新聞を広げながらそう言った。


 此処は二番街のパブのひとつ。

 古き良き酒場をイメージしており、主体となる酒は現代において主流であるジンではなく、エールだった。

 つまみは柔らかめに作った黒パン、ドライフルーツ、豆のスープ、スモークチーズ。

 そしてベーコンにタラの干物などがある。


 同じテーブルにつくのは一人の老人。

 柔和な顔つきに七三に整えた白髪。

 粗暴なヤクモとは対極に居そうな雰囲気を持っている。


「イオリに関しては構わないので?」


 ヤクモはクルクルと新聞を丸めながら返事をする。


「ん~、アイツは何時死んでも良いってタイプの人間だからなあ。

ていうか俺自身、敵に雇われたアイツに襲われたから、半殺しにした事がある」

「おや、若ともあろう方が。

生かしておくだなんて優しいですね」

「はははこやつめ。

俺がぶっ殺す直前に、お前──(じい)がイオリの依頼主を殺したんだろうが。

で、爺が俺のトドメを止めたから、イオリは生き残った」


 『爺』と呼ばれた老人は少しだけ微笑み、首を縦に振る。

 そこにはイオリのようなサイコさは無く、只の日常として殺人が取り込まれている顔があった。


「あの時の彼には使い道がありましたからね。

実際、火星脱出の際は役に立ったでしょう?

人をいたぶり、追い詰めるやり方は殺し屋としては向いていなくても、時間稼ぎには最適でした」

「俺って爺の言う事じゃなきゃ止まらないから、運が良かったなあ。

まあイオリ、結局死んでいるんだけど。あっはっは」


 暗い酒場の何気ない会話の一つに紛れ、ヤクモは笑う。

 ヤクモにとっても、イオリの死はその程度の情報でもあった。

 しかし、ピタリと笑いを止めると少し真面目な顔で前を見た。


「……で、イオリを()ったのって誰なんだろうな。

アイツは表立って戦うタイプじゃないとはいえ、表の総合格闘技だったら上位に入れるくらいには格闘も出来た筈だ。

トドメを刺す時は、感触が残るから自分の手で殺したいって何時も言っていたしな」

「改めて言葉にすると酷い人間で。

しかし、詳しくはまだ分からないのが本音ですかね。

この世界はカメラが使えないので、情報が集まりにくいのが難点です。

彼を倒せる領主側の人間は山ほど居ますが、恐らくは……おっと、その前にお客さんがいらっしゃったそうで」


 ギイと、酒場の時代遅れな扉を開く。

 入ってくるのは、こんな酒場に不似合いな『未来風』の服装の男。

 オーバーサイズのTシャツにズウェットパンツ。

 頭は銀のマッシュルームヘア。


「待っていたぜ。アズマ」


 拷問された痕は無い、健康的な姿であった。


「久しぶり……と、いう訳でもないですがこんにちは。

ナイトクラブで会って以来ですね」

「おう。あのパニックは中々楽しかったなあ」


 パニックとは切り裂きジャックの乱入劇。

 侯爵領を騒がせた血みどろの事件も、彼の中では楽しい出来事。

 現場に居て、自分も傷付く恐れがあったのが、より楽しさに拍車をかけているのだ。


 思い出し、昂ったヤクモは樽ジョッキのエールを飲み、ニマリと笑ったままアズマを見る。

 彼の視線の先には、アズマ以外に四人。

 グリーン、シャル、アダマス。


 そして『もう一人』が居たのだった。



 ボク──アダマス・フォン・ラッキーダストの時間は少し遡る。


 これは、イオリが『消滅』したショックから立ち直りもしない時の事。

 あの事件が昨日だった気もするし、一時間前だったかも知れない。

 いや、一回キングサイズのベッドを使って一回みんなで寝たから、一日は経っている筈か。


 そんな状況の領主館。

 現在、アズマは此処の個室で暮らしている。

 『謹慎処分』という扱いで、刑罰を保留している状態なのだ。

 なので『まだ』拷問は無く、軽い事情聴取に留まっていた。


 さて。

 アズマとは別にボクの部屋にて。


 ボクは何時も通り『父上の手伝い』という事での、大量の仕事。

 メンバーは何時も通り、ボクとシャルと、書類確認も兼ねたハンナさん。

 次期領主として欠かせない作業である。

 なので、作業自体はおかしくないのだが。


「なんかお兄様の書類、何時もより多くないかの?」

「今回はボクが『当事者』という事で、細かく説明しなきゃしけない事があってなあ。

そのせいでてんてこ舞いさ」

「手伝った方が良いかの?」

「嬉しいんだけど、ボクにしか出来ない仕事だからごめんよ。

その代わり、裏組織の基地についての書類をやってくれると嬉しい」

「お……おうなのじゃ」


 そんな、会社みたいなやり取りをしている事数刻。

 扉が開き、おっさんの生首が現れる。

 正確には、扉に身体を隠して頭だけ出した父上だ。


「やっほ♡」

「なんですか父上、うざいですよ」

「うひゃひゃひゃ、それなりにメンタルが回復したようでなにより」


 そういえば仕事に夢中になる事で、イオリについて忘れられたのはあるな。

 ボクの仕事が多めなのはそういう狙いもあるのかも。

 そういえば一日くらいと思っていたが、冷静に考えるともっと日にち経っていたわ。


「それで、何の用です?父上が言うとロクな事にならないのは分かっていますが」

「うむ、それだ。

ちょっとお前、ヤクモに喧嘩売ってこい」

「はあ!?」


 いやいや。

 いくらイオリに勝ったからってヤクモには勝てないからね。

 あれって父上が相手するような、インフレバトル系の話のキャラじゃないか。

読んで頂きありがとう御座います。


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