519 足の使い方
コイツだけは生かしちゃダメだ!
勢いと共に、ボクはイオリに蹴りかかっていた。
不細工、しかし実用的な前蹴りだ。
「良いシャウトだねえ」
イオリはニヤリと笑って、上げていた脚の向きを変えて突き立てるような蹴りを放つ。
狙われるは、ナイフ・ファイティングで急所とされる部分。
太もも内側。
動脈のある部分だった。
しかしボクは師匠が良い。
だからそれが当たる事はない。
少なくともボクは、そう教える事が出来る師匠であると信じている。
現に激しい感情を表に出しつつ、頭脳までは怒りに支配されない。
技の構築は冷静に組み立てられていた。
蹴りは囮だ。
足の指にヨーヨーの指輪部を付けて、脇から下へ鎖を飛ばしてある。
すると蹴りの勢いで鎖を引っ張れる訳で、その鎖を腕に引っ掛ければ軌道を操作出来る。
動いている振り子の真ん中に腕を置いたような形だね。
「なんですとー!」
イオリの顎スレスレを、ボクの懐中時計型ヨーヨーが横切った。
正確には、寸でのタイミングでかわしていた。
チッ、惜しいな。
顎にクリーンヒットすれば、脳震盪でボクの勝ちだったのに。
けれどこれにより、イオリは顔を後ろに引く事になる。
ボクもそれに合わせて、蹴りも中断せざるを得ないが、今度こそイオリに隙が出来た。
一歩踏み込みナイフで突けば倒せる。
だが、状況とは対称的にイオリは歯を出して笑っていた。
楽しいという感情。そして自信が感じられる。
殺意が無いのがサイコパスらしくて恐ろしい。
「いいねえ、ノッてきたぜえ!」
──ギュイイン
イオリの指が、エレキギターの弦を弾いた。
音に乗ってやってくるは、ご存じナイフの角を付けたカブトムシ。
やはり、この技を踏まえた上での足ナイフだったか。
ギターで虫を操り、近付いてきた相手を足技で追い払うのが本来の戦い方なのだろう。
ボクが彼を格上と判断したのも、ひとえにこの為だ。
見た目上は一対一であるが、これがあるだけで敵は何十にも増えるのである。
「踊れ!」
四匹の虫がボクに向かって突撃を仕掛けてきた。
ナイフで迎撃、場合によっては回避。
考えていると、いい意味で予想外の『援軍』が来る。
「怪音波、発射」
エミリー先生の声と共に、彼女の怪音波を浴びた虫達がポトポトと落ちたのだ。
後ろは振り向けない。
しかし、得意げな笑顔をしているのはなんとなく分かる。
「甘いなイオリ。
確かにアダマス君を盾にすれば、お前への攻撃は出来ないかもしれない。
でも虫は、お前の『外側』からやってくるんだ。
アダマス君が被らない位置への攻撃なら可能だよ。
それにその演奏、耳コピ出来そうだね。
以前、液体金属でエレキギターも再現した事がある。
虫を操れば操る程、逆に私に虫を操る機会も与えている事を忘れちゃいけないな」
イオリに言い聞かせるような説明口調。
実際、こうする事で、イオリに演奏を躊躇わせる事が出来る。
有難い。
これで決闘に専念出来る。
虫が封じられたとなれば、ボクとイオリにそこまで差は無い。
大人と子供の差があるので、まだイオリの方が格上であるが、補える範囲だ。
ボクはナイフを前に構えた。
左手は胸の中心に置く。
ナイフ・ファイティングは兎にも角にも左手の扱いが重要だ。
上手く扱えば武器になるが、下手をする手を切られる。
剣術と細かい違いがあるのが、ナイフが得意だが剣術は並な理由である。
因みに古い流派だと、いっそ左手を腰の後ろに置いて無い物とする考えもよくあるね。
フェンシングの試合とかもそうだ。
その場合は、真半身になって的を小さくしようとする構えが多い。
けれど今回、相手に対して斜め寄りの半身になっていた。
格上を相手にするには工夫が必要なのだ。
左手をはじめ、出来る限りの武器を使った搦め手でいかないといけない。
「んっふっふ~、どうした。そんな緊張して。まあ、笑ってみろよ。
イケショタなんだから、笑えばモテモテだぞ」
「君を逮捕した後に考えてみるよ」
言いながらイオリは身体を斜め寄りの正面にした状態で、身体を揺らしリズムに乗りながらギターを奏でる。
肩の力は抜けきっていた。
周りの動きから察するに、曲は虫と特に関係無いらしい。
これ、余裕が無い状態だとなんかの罠だと考え過ぎたりしちゃうんだろうなあ。
さて。
冷静になって観察してみようか。
イオリがこのような構えなのは、足技を主体とした重心の運びをしているからだというのは分かる。
身体を揺らしているのは攻撃を読ませないのと同時に、技の出を早くする意味合いもあるな。ゆっくりめであるが、ステップの一種だ。
左前、右前な向きもコロコロ変えている。
スイッチヒッターの可能性は高い。
ただ爪先にナイフが付いている為、バックステップや爪先のバネからはじめる動きはやり辛いだろう。
爪先立ちすると折れちゃうだろうからね。
まあ、宇宙のスーパー合金で出来ていて人の身体位は支えられる──みたいな可能性もあるけど、どちらにせよ爪先で踏ん張れない事には変わりない。
ナイフ付きの靴がメジャーにならず暗器止まりな事には理由があるという事だ。
そして主力が『足』な事にも弱点はある。
一回蹴るとその分地面から足が離れる訳で、手で握るより連打性に欠ける。
戦乱の世で足技があまり発達しないのも、そんな理由があったとかなかったとか。
戦争では直接足で攻撃するより、それで地面を踏みしめ槍を振った方が強いという事だな。
なので懐に入れば……と、言いたいのだが、その議論は剣vs槍で出尽くしているからなあ。
長物を相手にする時は三倍の実力が必要と言われる通り、リーチ差があると普通に近付けない。
槍を持った戦士とライオンだと、大体人間の方が勝つそうな。
なので正面から戦えば、イオリの前蹴りは、反撃不可で即死級の凶器だと考えられる。
では、どう戦うか。
その答えは、ボクも足を使うだ。
ただしフットワークという意味である。
ボクサーも「足を使え!」ってよく言うし。
イオリはボクを盾に使い、エミリー先生の攻撃から身を守っている。
逆に言えば、彼は常にボクの正面に居る必要があるけど、ボクはどうとでも動いて良いのだ。
狭い戦場だけど、ボクは子供故に小さいのでまあまあ余裕がある。
付き合って貰うよ。
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