517 芸術家系サイコパス
話が噛み合わないというのはよくある。
質問者の『キーワード』に対し、聞き手は頭の中に大量の情報が浮かんで場違いな回答を出してしまうというものだ。
例えば演劇オタクに対して「この場所って悲哀の舞台っぽいですね」と言うと、相手はそれに対するエピソードが無数に浮かんで、つい喋り過ぎてしまうあの現象である。
突然湧いて出て来た情報にも、本人の中では繋がっているという事だ。
「ぶっちゃけるとね、俺の殺し方っていうのは虫をこの『ギター』で操る技なんだ」
そしてイオリはボロンボロンと赤いエレキギターをかき鳴らし、殺しの方法について語っていた。
ボクは「どうして殺し屋をしているのか」と、聞いたのにも関わらずだ。
工場でのアズマとのやり取りよろしく、部屋の隅に隠れていた虫がブンと飛んできて、黒い革ジャンの肩に止まった。
隠していたし、隠すべき情報なのに何処か得意げだ。
本来ならボクが質問を入れるところなのだが、噛み合ってなくて言葉が出ない。
「この話って長くなるやつ?」と思う反面、微妙に気になっていた事でもあった。
話を脱線したシャル父の思い付きを聞かされるお偉いさんとか、こんな気持ちなんだろうなあ。
「俺は人より優れた『耳』をしていてね……『絶対音感』って言ったら分かるかな?
それで伝声管を伝わってくる羽音で状況を判断しているんだ。
別に人間の言葉に言語化する必要はないって事だな。
『立体的』に聞こえているから、俺が虫の言葉を人間向けに言語化するのは難しいがね」
確かに人間に言語化出来ない『言葉』を以てやりとりをする生物はかなり多い。
牢屋の外での会話を、中で隠れていたイオリが知っていたのはこういう事情か。
だとすると実は処理能力、凄く速くないか?
もしかして、考えている事に出力が追い付いていない系の人?
でも、ボクが聞きたいのはそうじゃないんだ。
「……ごめん、楽しいのは分かるけど結論から言ってくれ。
その絶対音感で、どうして純粋に音楽家になろうとしなかったんだい?
それとも、なれなかったから、殺し屋をやっているのかい?」
技術だけあっても理解者が居なければ認められる事は無い
だったら、認めたくないが殺し屋を選ぶのは理にかなっている。
なんせ、ヤクモのような支配者がまかり通ってしまう程に治安が悪い場所だ。
殺し屋の需要は、文字通り死ぬほどある。
ボクが彼に聞いたのは、そうであってくれという希望だったのだろうか。
自分自身の心理なのによく分からない。
イオリは穏やかな顔で返事を紡ぐ。
どこか溜息っぽい声だった。
「いや、俺にとって殺し屋と音楽家はイコールさ」
は?
ボクが目を点にしていると、弦を弾いて周囲の虫を動かしはじめる。
壁の虫が規則正しく渦を巻いて動く様は、やや不気味であった。
「俺は虫を操るこの暗殺術こそが、新しい『音楽のジャンル』だと見出しているんだ。
ギターの音色に乘って動く虫、それらが起こす事件は様々な『メロディ』を生む。
別に評価は求めていない。
俺個人が『好き』だから続けているんだ。
前の世界も、今の世界も、俺の魂は変わらない」
そういうイオリの顔は、今までに無いほど真面目だった。
ああ、そうか。
彼は確かに『ギター馬鹿』だ。
しかし『ギターの演奏』の意味が常人と違うタイプのギター馬鹿だったのだ。
辿り着いた答えに対し、乾いた笑みを浮かべたくなる。
ボクの読心術は真偽を見抜く。
但し、その真偽を決めているのは語り手の主観なのだ。
だから彼は『嘘』は付いていない。
ボクはすっかり、彼を犯人だと決めつける事が出来るようになっていた。
信じていた自分が馬鹿だったと思えるようになっていた。
『快楽殺人鬼』『ギター馬鹿』この二つの単語が、ある『性格』によってカチリと嵌まってしまったのだしまったのだ。
「ありがとう、すっきりしたよ。
君は生かしちゃいけない人間だ!」
そう言ってボクは懐からナイフを抜いて、横薙ぎに振る。
躊躇いなくイオリの眼を狙う。
本当は心臓か首を狙うべきなのだが、ギターが壁になっているせいで狙えないが故の判断だ。
しかしイオリは、サイドステップで回避した。
異様に速い。
体重移動のみならず、持っているギターを振って、重心をずらしたのだ。
明らかに戦闘慣れしている人間の動きだった。
今までは戦いの素人のフリをしていたという事だ。
ボクの前に立ち塞がるイオリは、笑顔のまま言葉を続ける。
「おいおい、酷いな。俺は音楽をやりたいだけだぜ?」
「君の眼から見ればね。
でも世間では、君のような人間を『サイコパス』っていうんだよ。
『自分の殺しは芸術』ってか?冗談じゃないよ」
床には、エミリー先生が壊した椅子の破片が散らばっていた。
ボクは破片を蹴飛ばし、リーチ差を埋める飛び道具とする。
けれどその時、イオリのギターの弦が弾かれ音色を奏でる。
すると周囲の壁で渦を描いていた虫が襲い掛かってきた。
「なんのっ!」
ボクはスカーフを広げて虫の進路を防ぐ。
スカーフはこの時の為に金属繊維を縫い込ませた特別製。
そして相手は十分に重さのある甲虫だ。
しっかりと勢いを乗せた布は硬度を持つもので、そのままハエ叩きにあったかのように落下していったのだった。
「お~、只の坊ちゃんじゃないな。
でもこの勝負、俺の勝ちだ」
イオリはニヤニヤと不敵に笑った。
そして、今までの支離滅裂な言動の答えを知る事になるのだった。
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