511 自信のない彼氏
「もしかしたら本命は裏組織を残す事で、これから裏切るかも知れないぞ?」
組織を作ったのはアズマではない。
『図星』を言い当てられた彼はやや悩み気味に反論する。
一文の得にもならない言い訳を重ねて偽悪を演じ続けようとするその様は、誰かを庇っているようでもあった。
グリーン女史は、呆れたようにため息をつく。
頬はやや朱に染まる。
怒りと喜びが同時に身体に出ていた。
「手遅れだよ、アホ。
今、アンタ一人が此処で裏切ったところで、どうしようも無いでしょうに。
もっと自分が弱い事を自覚しろバカ!
私がヒョロヒョロのアンタを支えるのにどれ程苦労していると思っているんだ!」
分かり易い悪口三連星。
アズマは勢いに押された。
自然と身体を後ろに反らせ気味になっているのだ。
そうして出来た空間を潰す用に、グリーン女史は前に出る。
「アンタは自分の気持ちがよく分かっていないんだよ。
だから言ってやる。
アンタは『申し訳なさ』を覚えているんだ」
「なに……?俺が申し訳なさだと?」
「ああ、そうだ。
話を聞く限り、アンタら『宇宙人』は複数人。
そして私が暫く接して感じた私見だけど、アンタは指示を受けて動く事には慣れているけど、自分の意思で物事を決めるのに慣れていない」
「根拠は主観だけなのか?」
「私がよく商売で相手をする、デカい企業図勤めの人生に疲れたような元エリートの下っ端とか、丁度そんな感じなんだよ。
心当たりないかい?」
「……」
アズマは唇をギュっと締めて眉間に皺を寄せた。
事実過ぎて無言でいる、そんな反応だった。
ミアズマという組織の『駒』として生涯を費やして来たので、間違っていない。
結局根本は一般人と似たような物なのだろう。
チープな反応に、グリーン女史は「肯定」だと見抜く。
「だから自分が抱く感情に対して初心だ。
申し訳なさも、恋愛も、楽しさもみんな初心だ。
けれど、どんな外からのルールに縛られても動かしている身体は『人』だから、『これで良いのか?』とういう気持ちはどうしても湧いてくる。
自分の悪さを必要以上に伝えて後ろめたさを無くそうとしているんだ。
そして自分を大切にしないアンタは、無意識の内にこう思っているんだろう……」
人差し指を、アズマの額に突き立てる。
「『此処で受け入れられなかったら、死ねばいい。どうせ後先短い命だ』ってね!
それはある意味、はじめに言った通り本当に自滅行動なのかも知れないさ。
でも舵取りが下手過ぎて、破れかぶれに全てを捨てる事でしか前に進めない。
それがお前という人間だ!」
「……」
アズマはまた黙った。
叱られている子供のようだった。
そんな彼を、グリーン女史は抱いて見上げる。
魔力灯の薄暗い照明に照らされて、彼女の赤い唇が光沢を帯びていた。
「死ぬほど悩んでいる人間に『死ぬな』なんて言うのはどうかと思うけどさ……。
取り敢えず『遊べ』。
自分の為に、目先の快楽を追ってみろ。
くっちゃべって、美味いもん食って、私とデートして寝ろ。
それをして良いだけの価値を持った人間なんだから、さ」
そう言って彼女は優しく、そっと口を合わせた。
安心させるように、ポンポンと彼の背中を叩いた。
驚いた。
なにが驚いたって、彼は『ルールに縛られない混沌の組織』であるミアズマに属していながら、その方針とは真逆の思想なのだ。
ルールに縛られて身動きが取れないでいる。
もしかして総帥のヤクモは、彼を手放したがっていたのかも……と、いうのは考え過ぎか。
しかしグリーン女史の予測は当たっていたらしい。
「『裏組織』を作ったのはアンタじゃない。そうだろう?」
「……ああ。
『彼』と俺は一緒の船に乗ってきたが、方針の違いで分かれた。それだけだ。
でもそこまで仲が悪い訳でも無かったから『彼』から組織の運用について、よく愚痴を聞かされていたに過ぎない」
「言えるじゃないか。だったら、話をややこしくするんじゃない」
「すまん」
善意のみを根拠とした、証拠もクソもない大雑把な答え合わせ。
でもボクの読心術は正だと告げている。
それを抜きにしても、今まで答えをはぐらかせる回答をしてきたアズマが決定的に正否を分けた事で、覚悟が籠った言葉だとも感じたのだった。
◆
扉を開けるまで時間が掛かったな。
話をややこしくさせるアズマが悪い。
取り敢えずそう結論付け、ボク達はいよいよ牢獄に入るのだった。
しかしその先は、あまり期待通りの物がある訳でもなかった。
『牢獄』といっても、ズラリと鉄枠が並んでいる訳でもない。
このスペースだとこれくらいが限界だったのか、3つの牢屋がある程度だ。
そして、そんな中の一つに見慣れた姿。
染めた金髪に、途中から黒髪が伸びてプリンのようになった髪型は間違いなくイオリのもの。
彼は、壁を背もたれにして、ぐったりと下を向いて座り込み動かない。
いや、もしかしたらボクのよく知る『イオリ』では無いのかも知れないな。
牢屋を開いて助ける前に、隣の先生に視線をやった。
「先生……スキャン、頼めますか?」
「おやおや、慎重だね」
「はい。病室襲撃時は気付かなかったんですが、イオリを抱えていた切り裂きジャックの正体に感じていた違和感の正体に気付きまして」
「その心は?」
「あの時の切り裂きジャックは、足を使って車椅子の突撃から脱出しました。
けれど、ボクの知る切り裂きジャックは構造的にあの選択肢は取らない筈なんですよ。
アセナから逃げていた切り裂きジャックは、自身の関節を自由自在に動かしていた。
脱出なら分解機能を使えば良いだけなんですから」
ついでに言えば、足がほぼフレームであるならそこまで踏ん張りは効かない筈である。
エミリー先生はニヤニヤして、ボクの思っていた事を言ってくれる。
「そうだね。
まるで、あの切り裂きジャックは『中身が人間』のような動きだった」
一息。
「そしてスキャンした結果、目の前の『イオリ』も簡素なフレームに頭を付けただけの『改造人間』と出ているね」
「やっぱりそうか……」
思わず一人心地る。
あの時誘拐されたイオリは偽物で、切り裂きジャックの中身は人間だった。
『球根栽培』にあった既存の頭を整形すれば、偽物なんてでっち上げる事は出来るのだ。




