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508 サウンド・オブ・デス

 この戦いをはじめる事で、自動的にアセナには、ある『勝利条件』が定められていた。


 『怪物を形作る虫達を、戦闘終了後も大人しくさせ続ける』というものだ。

 そうしなければ大量の虫達がアダマス達に向かう可能性は高いし、この後にダンジョンを解体する際に多大な出費を被る事になる。

 なので攻め方は限定される。


 けれど彼女には勝利の確信がある。

 その手には、エミリーから預かったペンシル君がしがみ付き、魔力灯の薄暗い光を反射しキラリと光っていた。

 これが鍵だ。


 アセナは浮くような速度で首領に向かって跳ぶ。

 なので当然、眼にも留まらぬ速度で怪物の爪が飛んできていた。

 巨体を支えるマニュピュレーターに取り付けられた四本の爪は、捕鯨銛の如く太い。


「よし来た!」


 対してアセナは空中で金属管を脇にとり、先端を後ろに下げていた。

 剣術で言うところの『脇構え』だ。

 人と対峙する際は、刀身が見えないのでリーチを読ませない時などに使う。


 さて。

 脇構えという事は横──即ち爪の来る方角に対して『防御』の型を取っているという事でもある。

 故に盾代わりの金属管は爪に接触。

 このままでは勿論折れるが、アセナは爪を擦らせるように金属管を操った。

 ギャリギャリという音と共に、金属管からは火花が散る。

 こうして、再び爪の間に入ったアセナは、指の付け根に脚を置いて手首を動かし上段の構えを取る。


「どっせい!」


 アセナは背を反らせて、獣人の全力を込め、金属管を思い切り足の関節に突き立てた。

 そのまま繋ぎ目に逆らわず動かせば、缶切りよろしくてこの原理でボロリとマニュピュレーターが取れた。

 断面か動力である蒸気が吹き出す。

 これで爪の一つは使えなくなったし、巨体を支えるバランスも大分悪くなった。


 二歩目で彼女は足に上り、怪物の頭上まで跳ぶ。

 金属管は多少歪に曲がっているとはいえ、まだその片手に握られている。

 これを力いっぱい使い、頭に突き立てようというのだ。


 金属は延性材料。

 音波では割れない性質を持つので頭に届く前に砕かれる可能性は低い。

 だが、それだけでは博打である。

 仮に金属管に煉瓦と同様の混ぜ物が使われていたら、物理では無く魔力で壊される可能性がある。

 実際その通りだ。

 しかも自己防衛用の音バリアだってあるので、ミスをしたら無事で済まさない。


 アセナは片手に金属管を握った状態で、ペストマスクを被った頭部目掛けて落下する。

 勿論、反射の動きで虫の群れが一斉に羽を広げてバリアを張る準備をした。

 マント越しの、その変化を見逃さず『前に出していたもう片腕』を使う。


 その手は、『ペンシル君』がしがみ付いていた。

 音波の反響音で形を把握するこのロボットの顔は、殆どがマイクとなっている。

 それが振動し、『声』が飛び出した。


「『待て!』」


 それは『録音』しておいた、先程の首領の言葉だ。


 ビクリ。

 そんな雰囲気で、怪物の身体が一瞬だけ止まる。

 制御している頭脳が人間の脳であるならば、必ず人間らしい反応をする。

 「必ず命令通りに動け」と指示された人間なら、自身の不利になると解っていても反射的に止めてしまう。

 そして、二つ同時に起こる反射は、怪物の中に混乱を及ぼし僅かながらフリーズ機能を引き起こした。


 アセナが靴を飛ばした目的は、この『武器』の入手にもあった。

 切り裂きジャックに命令を出している信号は声なので、確実にあると思ったのだ。

 もし出していなかったら、そのまま怪物の足を使った隙を突いて首領を倒す予定だった。

 確かに剣豪であるが、アセナはもっと強い。


 一見簡単な対策であるが、携帯機器での録音という概念はまだこの世界には無い。

 エミリーが壊れた性能をしているだけだ。

 ペンシル君は現代日本の科学力を凌駕した、矛盾した言い方になるが、人間が作ったオーパーツなのだ。

 優れた兵隊長程度の性能しかない首領では、逆立ちしても対策は無理である。


「じゃ……あばよぉ!」


 アセナは空中で金属管を両手に握り直し、背を反らせた。

 金属管は槍の様には尖ってはいないが、落下した金属管が人体に刺さる事故というのは幾つも存在する。

 ペストマスクの眉間に向けて、一気に先端を突き立てた。


──メキョ……


 ペストマスクの表面に貼られた革を突き破り、裏に鉄仮面よろしくマスクの形に作られたを金属部を変形させた。

 変形した金属板は勢いのまま頭蓋を突き破り、脳の奥までめり込む。

 こうして三つある頭の内、一つが『死んだ』。


 ガクリと大きく怪物の身体のバランスが崩れる。

 今まで脳三つで行っていた姿勢制御への負荷が大きくなったからだ。

 このままでは幾つかの虫も離散するだろう。


 故にもう一手。

 ペンシル君に『予め録音してあった音声』を流す。


──ギイイイイイイ!


 不快な音。

 それと同時に、ポロポロと虫が床に落ちていく。

 冬に枯れ葉が落ちるが如しだ。


 録音されていたのは、虫を倒す為に作られた『エミリー怪音波』だった。

 音の範囲を選択しており、ペタンと獣耳を閉じて耳を塞いでいるものの、やはり不快感は拭えない。

 はじめから使う事も考えたが、それだと音のバリアに遮られる不安があったのである。


「グアアアア!」


 そして怪音波の範囲には首領も入っていたので、彼は指示を出せない状態になった。

 ならば機械らしく、怪物は停止するかと言えばそんな事は無かった。

 それは、指示の無い時の自己防衛システムだったのかも知れない。

 しかし確かなのは『彼等』は、生物だという事だ。


 なんと怪物は、まるで最後のあがきのようにガシガシと脚を上に動かして頭上のアセナを払い落とそうとしたのだ。

 しかし微妙に長さが足りていなかった。

 爪を破壊した分の長さの計算が出来ていないのだ。

 ついでに言うなら体勢が整っていないので上手く体重が乗っておらず、運良く当たったとしてもそれ程の威力は出ないだろう。


 哀れにも見える姿を晒す。

 そんな怪物は『死』の直前であった。

読んで頂きありがとう御座います。


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