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504 昔のミステリー小説は真犯人が突然生えてくる事がまれによくある

 木部であるセルロースを酸で液状化するのはほぼ不可能とされている。

 故に、半魚人の胃酸は厳密には酸でない。


 ウォーターカッター本来の物理的効果により、セルロースを砕いて細かくしているのもある。

 しかしそれでもセルロースは『ある』事には変わらないので、酸化の他にもっと物質の結合を司る根源的な力に干渉しているらしいが、詳しい事はよく分からなかった。

 せいぜい分かったのは『化学』という区分の外にある、『錬金術』特有の物質だという事くらいだ。


 煙を上げながらドロドロに溶ける樹の扉。

 強酸に巻き込まれてジュウジュウと溶けて身動きの取れない虫達。

 不思議と扉から燃え上がらず、溶けた物がベッタリと付着したように断面にこびりついていた。


「触ると腕を切り落とさなきゃいけないから気を付けるんだよ」

「うひい~、分かったのじゃ」


 ある程度溶かすと、ピーたんが流水でそれを洗い流した。

 ボク達はそれを越えて、部屋の中へ侵入する。

 いよいよ敵の本拠地だ。


「ウォーターカッターという割には、中の被害が少ないんだね。

貫通して人体を切りまくる地獄絵図になると思ったよ」

「流石にそれはなあ。ダンジョンそのものが崩れ落ちる危険もありそうだし。

水圧を抑えて扉のみを切るようにしたね。

まあその分、中の敵を素手で倒さなきゃいけないけれど、ここまで来たからにはそれ位は楽勝でやってくれなきゃ困るってもんさ」


 言いながら進むと、幾つか切り裂きジャックが出て来たので軽くあしらった。

 軽く武器を振って、頭を吹き飛ばして終わり。

 もはや先頭に細かい動きは必要無い、只のザコキャラだ。


 そして優れた聴覚で敵の声を拾い道案内をするアセナは、ある扉の前で止まる。


「此処だな。此処に敵の幹部たちが潜んでいる」


 扉は金属製。

 常人が開けるのは困難で、特別な鍵を入れると同時に中の歯車が動いて開く仕組みと、エミリー先生は教えてくれた。

 

 しかし獣人の筋力はそんな事はお構いなしである。

 ドアノブに思い切り前蹴りを食らわせれば、ゴワンと音を立てて鍵ごとひしゃげて奥へ飛んでいった。

 それなりに厚さがあって、床に落ちるとズシンと重い音がした。


 此処に攻め込まれたら終わりだから防御を固めたのだろう。

 つまり、実質的に『裏組織』はもう終わりという事だ。


 思っていると奥から叫び声が聞こえた。


「ええい、とうとう此処まで来たか!」

「まだだ、まだ終わらんぞ!」


 部屋の中に控えていたのは、身なりの良い男たちだった。

 その中には、あの時賄賂を渡された町医者も一緒に居た。

 それはそうか。

 基地への『受付』役なのだから、関係者でないなんて事は無し。

 二階で倒せると踏んだのだろうが、失敗だったな。


 裏切りが当たり前な貴族社会にドップリなボクとしては特に驚きはないけどさ。

 でも、優しいシャルとかはちょっとショックも受けてそうなので慰めてあげなければダメかな。

 後で好きなお菓子をいっぱい買ってあげよう。


 と、ざわめいている中に、更に別の声がする。

 自身のある、腹の奥から出た声だった。


「沈まれ、皆の者よ!

出でよ、我らが最強の(しもべ)よ!」


 ノソリ。

 大きさはカバやトドくらいで、室内では巨体が際立つだろうか。

 『六足歩行』の切り裂きジャックが横の通路から現れた。

 足は鉄骨の様に太く、巨大な鉤爪状のマニュピュレーターによって地面を支えている。

 顔はペストマスクのままであるが、頭が三つ付いていた。


 胴体はマントで隠された芋の様に太いシルエットで、歪さが際立つ。

 まるで芋虫に脚を生やしたようだ。

 あのマントの下には、大量の虫が潜んでいるのだろう。


 殺人鬼として使っていた個体は擬態と逃走の為に常識的なサイズをしていたが、純粋に戦闘用としてフレームを作った感じがするね。

 結局オチは巨大化なのか。


 奥の声は、話を続ける。


「此処に来るまでご苦労である。

だが、上に居る怪物は足止め状態。

そして貴様らは、多少腕は立つようであるが、私が相手ではそうもいかんぞ」


 コツコツと石畳の上を歩いてやってきたのはズングリとした小男だった。

 ポッと出の知らない人だ。

 如何にも貴族といった感じのロングコートを羽織っているが、腰には細剣ではなく太い蛮刀。

 深く自信のある笑顔を見せる。


「おお、首領殿!」

「組織最強の『使い手』が出てくれるなら安心だ……」


 周りの男達も随分落ち着いていた。

 強い者が出る事で、パニックを抑える効果があるのだろう。

 ならば、これを機に情報を引き出すのも手か。

 チラリとアセナに視線をやると、彼女はコクリと頷いた。


 大きく手を広げて、驚いた仕草をする。

 この『驚いている』って身振りで伝えるって、意外と天然だと出来ないよね。


「こんな凄いのが控えていたなんて!まさか、アタシ達の潜入作戦がバレていたのかい!?」


 声色も金切声にならない微妙なラインで作っているね。

 相手が返答し易い。

 故に目の前の【首領】と呼ばれた小男は鼻の穴を大きくして得意げに喋り出した。


「そうとも。我々は『音』を使って虫達を操っている。

ここまで来るにあたって見かけた金属管には伝声管が混ざっており、そこから虫に命令を伝達していたのだよ。

よってこの基地には伝声管は見えない所も含めてあらゆる場所にあり、貴様達の声は筒抜けだった訳だ」


 ああ、虫の通路と合流していたのは伝声管だった訳だ。

 そして、それ以外の通信路もあり、それはそのまま吸音器にもなる。

 でも、それだと地上での行動に説明が出来ないね。

 それこそ地上のあらゆるところに伝声管の出口を作る必要がでてくる。


「なにっ!だったら地上に出れば勝てるという事か!」

「ふふふ……そうはいかないのだ。獣人の娘よ。

虫は羽を擦る音で人の声を再現できる。

こうしてリレーの様に音を伝達する事で、君達の声は筒抜けだった訳だ」


 いかにもな笑いの後、丁寧な説明。

 楽しそうだね。

 そして彼は大きく手を広げる。

 しかもドヤ顔になる。


「つまり切り裂きジャックとは、我々組織の幹部たちが交代制で回していた架空の殺人鬼なのだ!」


 あ、ハイ。

 それは察しが付いていました。

 切り裂きジャックって、 手札を晒したいのか隠したいのか行動がバラバラだったし。

 快楽殺人鬼として出て来る時と、暗殺者として出て来る時なんか特に顕著だった。

読んで頂きありがとう御座います。


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