502 バイオヒーローってかなり疲れると思う
「『作業』中の私の顔は、あまり見ない方が良いよ」
ピーたんはそんな一言と共に、人工川に首を突っ込んだ。
半魚人の身体を作り変える能力によって、多くの水を取り込めるよう首が太くなる。
横から見ると、魚みたいになっているのではないだろうか。
そして水をゴクゴクと、飲むというよりポンプのように吸い上げると、彼女の腹が妊婦の様に膨らんでいく。
毒霧にするとはいえ、金属管に流し込むにはこれくらいは必要なのだ。
「大丈夫?」
恐る恐るボクが聞くと、彼女はザバリと顔を上げた。
少し沈黙。
首を元に戻している事から、顔を元に戻している最中らしい。
身体をポンプの様に使うという事は、『太いホース』が必要という事で……うん、あまり想像したくないね。
振り向いた彼女は元通りの顔になっていた。
「うぷ……自分で言ってみたもの、結構キツいね」
「歩くの手伝うかや?支えるかや?」
「いや、近いし大丈夫」
シャルが心配そうに言うが、お礼だけ返してズシズシと進む。
ちょっとペンギンっぽいかも。
ボク達の為にやってくれている上に、言ったら普通にぶん殴られそうなので口には出さない。
しかしボクの隣で、そんな余計な事を言うのが一人。
アズマである。
「まるでカバだな……グハッ!」
「あっはっは、ぶん殴るぞ」
「ビンタはしているがな」
「それくらいは当然だ。失礼な奴だね」
ぴーたんの手がゴムのように伸びて、アズマの頬に張り手を食らわした。
スパンと良い音が出る。
後から聞いた話だが、骨が少し折り畳まれていて微妙に伸びるんだそうだ。
首が伸びる動物とか居たなあ。
金属管を弄りながら、エミリー先生が声を出す。
「じゃ、先生お願いしま~す」
「ほい来た」
ぴーたんを業界用語的な意味の方の先生で呼び、準備完了を伝えた。
さて。
今回の作戦は、気流を利用する。
虫たちの通る金属管の出入口は地上。そして、ダンジョンの中核にある。
中核には虫を飼っているスペースがある訳で、現在はジョナサンと戦わせる為に大量に入れている最中だ。
「完成済みの切り裂きジャックが、ジョナサンの所に向かうわけじゃ無いんじゃの?」
「それやると逆に瞬殺されるのを、包囲された時に示したからね。
バラバラで出てきて、攪乱しながら合体で攻撃だろうさ」
「でも、あの金属管に頭が入りそうにないのじゃ」
「まあ、その辺は樽とか木箱なんかに隠した頭が入っているとか、もしくは既にやられているけど無事な頭を再利用するか……かな」
「ほへ~、よく頭脳の無いバラバラな状態でそんな作戦が出来るの」
「うん、正にそれだ。
本拠地であるという事は、正確な命令を飛ばせるって事なんだろうね」
「命令ってどういうのなのじゃ?」
「それは、考え中だなあ。
人間に聞こえない高音波かも知れないし、人間に認識できない高波長の光かも知れない。
もしかしたら魔力波長かも知れないけれど、ジョナサンやピーたんが感知できないのは変だねえ」
と、雑談で話が逸れたが気流の話に戻ろう。
つまり現在、ダンジョン内にある金属管の出入口は大解放状態だ。
そこへ途中に『壁』を作り、ダンジョン側へ毒霧を流すと、空気の出口がある勝手に中核へ向かってくれるという事だ。
ドアを開けっぱなしにした部屋のようなものだ。
地上に被害が出ないのも嬉しいね。
そうこう言っている間に、エミリー先生が缶切りのように変形した液体金属で金属管を穴を少し開ける。
虫の大きさは解析済みなので、通り抜けられない程度の小さな穴だ。
更に流し込んだ液体金属で内側に『蓋』を作り、空気が上に向かう道を防ぐ。
これしないとノズル効果で上に行っちゃうからね。
そしてピーたんがサンゴ状の角をグニャリと曲げて、穴に突っ込ませた。
彼女の半魚人としての特性は『フクロムシ』。
対象の神経に働きかける物質の分泌に優れる。
暴走していたジョナサンを封じ込める為だけに身に着けた能力だ。
角から放出された神経毒が、金属管の気流に乗って虫の群れを飲み込まんと蠢き、そしてそうなった。
「むううう~」
一方でピーたんは頬袋を作り、プルプルしながら顔を赤くしている。
そりゃ、凄い速度で消化しているって事だからなあ。
バイオヒーローっていうのはこういう所がキツいのではとは思ったよ。
頑張れピーたん。
そして暫く経つと『知らせ』が入る。
アセナが獣耳をピクピクと動かした。
「ん、届いたな。良い悲鳴だ!」
ダンジョンの中核に届いたら、当然、そこに居る人間達に毒霧が届く訳だ。
しかも地下の半密室である。
阿鼻叫喚には違いない。
虫を操る手段を持っているのなら、虫達がバタバタ倒れる光景も知っている可能性もあるので恐怖マシマシといったところか。
これが今作戦のキモ。
敵の居る場所をさっさと探して仕舞おう大作戦である。
「よっし!じゃあ、行こうか。最終決戦だ!」
彼女はニヒヒと歯を見せて、前に指差しゆっくりと走った。
全力で走ると誰も追い付けないので急いでいる振りだ。
アセナが独りで行っても相性が悪いので、チームワークって大切って事だね。
そんな道のりの最中、エミリー先生が彼女を呼び止める。
「あ、そうだアセナ。これを持って行くと良い」
「これは……『ペンシルくん』!?良いのか?」
ペンシルくんはエミリー5つ道具にカウントされる強力な機械だ。
小型のサソリ型ロボットで、サソリの針の部分が万年筆のペン先になっている。
頭はマイクになっていて、反響音で物の形を感知する。
グリーン女史の携帯蓄音機の物凄い上位互換である。
サソリの尻尾がアセナの指に絡みつき、ペン先が付け爪のようになった。
肢は手の甲にしがみ付いて固定する。
「ペンシルくん・鉄の爪モードだ。
ペン先には暗殺用ナイフ位の切れ味を持たせてあるね。
あと、本来そのマイクからは超音波を出すんだけど、今回は虫の嫌がる怪音波が出るようになっている。
私が使うと持て余し気味な機能だけど、接近戦が強いアセナの戦い方にはピッタリだと思う」
「おお~、そりゃ凄いな。ちょっと欲しいかも」
「ちゃんと返してよ」
「返すけどさ」
軽いやりとりであるが、相性で悩んでいたアセナにとって音波攻撃はありがたい強化だろう。
「さっさと渡せば良かったのでは……ぐはっ!」
余計な事を言ったアズマが先生に引っ叩かれた。
このレベルの大親友でもなければ、命の危機でも貸さないのがエミリー先生という人間なのだから仕方ない。
ボクはアセナの後ろを歩く。
そしてシャルは、短い歩幅でボクの隣をポテポテと早歩き。
「わあい、なのじゃ。洞窟大冒険なのじゃ!」
「それは後でね」
「ぶう!」
見取り図を見るに分かれ道とかいっぱいあるので、探せば伏兵やらトラップやらが沢山あると思われるが、今回は総スルーせざるを得ないのだった。
取り敢えず、シャルの表情がコロコロ変わったのが楽しかったと言っておこう。