499 大人の秘密基地
たまたま、お見舞いに来た場所がずっと探していた敵の秘密基地だった。
たまたま、父上から戦闘要員が派遣されてボク達に同行していた。
つまり『たまたま』ではないという事だ。
裏で『大人』達が暗躍しているのが透けて見える。
父上の立場になってみようか。
今日、新聞を発行する事でメディア対策は済ませてある。
風俗ギルドとは協力関係を築けた。
残りはボク達が『裏組織』の本拠地を探すのみ。
しかし一から探すとなると時間がかかる。
だが、お片付けモードなのだと思われる。
だからこうして、息子が『たまたま』見つけた事にするのだ。
つまり、隠されていた秘密基地そのものは既に見つかっていたという訳だね。
ウチは暗部を用いた情報戦中心の組織だから、敷地内なら発見自体は容易い。
政治的な理由からタイミングを定めていたのだろう。
「はじめからお前が情報開示していれば、既に終わっていた問題じゃないか」と言いたくなる、何時ものクソ親父である。
そんな気持ちを胸に、ボクはシャルをお姫様抱っこをして穴へ飛び降りた。
フワリと浮いた感覚がする。
自由落下をする事で地面からの反作用が無くなり、無重力状態になっているのだ。
嗚呼、ずっと浮いていられたら楽なのに。
「うひゃほーい!」
ボクに抱き締められているシャルは、胸元から絶好調で声を出した。
かわいいなあ。
ボクはそういう反応は出来ないので、是非とも楽しんで欲しいものだ。
こうして布のクッションに背中から落ちて包まり、安定した着地をした。
「ぬはっ!楽しかったの。またやってみたいのじゃ!」
「ん、お仕事が終わったらね」
「ガッテンじゃ」
床に立ったボク達は、二人で横並びになりエミリー先生にありがとうとお辞儀をする。
そして、此処から虫の巣があるであろう本拠地となる部屋へのルートを探さねばならないのだがどうしたものか。
キョロキョロと見回していると、アセナから声をかけられる。
「おおい、こっちだ。この扉から地下室に繋がっている」
「アセナ。降りていたんだね」
「割と雑にな。エミリーが準備をしている時に気を向けていたから気付かなかったんだろ」
「ああ、確かに。
それにしても『コレ』が入り口かい」
ごく普通の扉であった。
壁に偽装も、床からの隠し通路でもない。
カーテンなどで隠しすらしていない。
只の木製の、市販の扉である。
裏組織は貴族も参加するので、普通の出入口を使いたがるのは分かる。
しかし、こんな物を使っていたら憲兵の出入りがあった時に直ぐバレてしまうのではないだろうか。
すると彼女は扉を開けた。
中には、沢山の書類と薬品が保存されている。
「想像の通りだが、だからこそとも言える。
部屋の更に奥に隠し扉を仕込んでいるんだ」
部屋の奥、本を数冊倒す。
カチャリと鍵の開く音がして、壁に偽装されていた扉が開いた。
こういうの、ダンジョン探索系の話で読んだ事あるかも。
普通の出入口じゃなきゃヤダという連中でも無かったらしい。
「この部屋はカルテや薬品を保管している所だ。
もし、調査に入られても下っ端じゃ詳しく調べられない場所だな」
「成程なあ。よし、じゃあ……」
「行こうか」
そう言おうとした時だ。
上から大きな声で呼び止められる。
子供のような大人のような、しかし若い女の声である。
彼女は上の穴から、勢いよく飛び降りてきたのだ。
「ちょ~っと待った!私も付いていくよ!」
「ピーたん!?上での戦いは良いの?」
身体は何時までも子供な上に、人外の能力を持つピーたんだった。
半魚人モードの彼女は眼鏡をかけておらず、海のように蒼い眼を光らせる。
「ああ、ジョナサン無双だからね。
それに、ぶっちゃけその戦力だと虫相手じゃ少し分が悪いと思うね」
「……まあ、そうだけどさ」
室内という事で狭い空間で戦うかも知れない。
もしかしたら、迷路のように入り組んでいて分断の危険もあるかも知れない。
開けた場所でないのは確かだ。
切り裂きジャックなら兎も角、はじめから分裂している虫の状態でかかってこられるとアセナとしては分が悪い。
エミリー先生も大きな武器を振り回せないのは痛い。
例えるなら、槍は戦争では強いが、障害物の多い多い街中ではナイフの方が強いというやつだ。
狭い場所でも広域攻撃が出来る助っ人半魚人はありがたい存在だった。
そこでシャルが気になった事を口に出す。
「そういえば、上の虫が此方に襲い掛かってこないんじゃの」
「今朝の新聞で対策法が大々的に紹介されているし、エミリー先生は怪音波もあるからね。
切り裂きジャックを『操っている』連中は警戒しているのさ」
「ほへ~、なるほどのう。手札を晒し続けたツケが来ているの」
気付いて偉いぞとシャルを撫でる。
そこで、ハッと気付いたグリーン女史が手を上げた。
「あの、すみません。本拠地に行くと守る対象が多くなりますよね。
なら、戦力外の私とアズマは外で待っていましょうか。
その、言っては悪いですがイオリさんが敵に殺されたのではなく誘拐されたなら生きている可能性は高いですし」
「……いや、付いて来てくれ。
ここまで関わった以上、外に出して途中で切り裂きジャックに襲われる可能性が高い」
「あ、ハイ。そうですか」
そこには諦めの表情が浮かぶのだった。
巻き込まれが多くて何が何やらな状態だろう。
「密度の高い一日だな」とでも思ってそうだ。
まあ大丈夫。
アセナとエミリー先生なら、きっと上手くやれるさ。
壁役を務めるエミリー先生が先頭に立ち、皆に号令をかけた。
「と、いう訳で今度こそ突撃だよ。ハンカチ、ティッシュは持ったかな?」
「はいっ、何時も持っていますのじゃ!」
「ん、よろしい。良い子だ。
ならばしゅっぱ~つ」
隠し扉の先は、石造りの暗い階段。
ポッカリと空いた深い闇は、入って来た者を喰らおうとする魔物の口にも見えるのだった。
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