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497 ヒーロー再び

 二階。

 入院患者室の出入口は、貴族の屋敷のように二枚の扉を使った大きめの設計をしていた。

 患者が入る時は、誰かに支えられているのが前提という事だろう。


 しかしボクは違和感を覚えていた。

 そこに至るまで鉄の階段を歩く必要があるのは変なのでは?

 ところがグリーン女史に聞いてみると、庶民の病院なんてそんなものだそうな。

 つまりボクの考え過ぎだな。


「なんとも前時代的だな」

「え、アズマ。そこでアンタが反応すんの?」

「それより優れた世界を知っているとな」

「ふ~ん、いい所にヒモだった時期があったのね。もしくは、良い所の生まれだった?」

「……」


 アズマは黙秘する。

 彼が宇宙の人故での発言だが、グリーン女史から見れば貴族街もSFワールドもそう変わらないのかも知れない。

 そう思っていると、ズイとジョナサンが前に出た。

 ポツリと、彼の車椅子を押すピーたんが一言だけ呟く。


「『居る』ってさ」


 そうか。

 おーけー把握。

 だから一番防御力のあるジョナサンが一番前に出たって事ね。

 ボクは溜息を吐いて、廊下の手摺に寄り掛かった。

 上を向いて、手で眼を覆う。


「やっぱフラグだったよ」

「どうしたのじゃ、お兄様」

「ん。独り言。嫌な予感が的中すれば愚痴も吐きたくなるものさ」

「ああ、そりゃドンマイなのじゃ」


 シャルはかわいいなあ。

 そう思っていると、ジョナサンがドアノブに手を掛け、スライドさせた。

 その見た目で引き戸なんだ。

 でも、よくよく考えれば安い建物特有の細い廊下で大きな扉を使うと考えると、そうもなるか。



 シャッと扉が開き、部屋の中と外が繋がった瞬間だ。

 目に入ったのは沢山の白く無機質なベッド。

 患者達が居るには静かすぎる気配。

 そして最も目立っていたのは、部屋の真ん中に立つ黒い外套。ペストマスク。


 グリーン女史が叫ぶ。


「切り裂きジャック!?

あれだけやっつけたのに、まだ残党が居たなんて!

それに、抱えられているのはまさかイオリさん!?」


 その小脇に抱えているのは確かにイオリだった。

 治療中で意識が戻っていないのか、病院の白い寝間着を着ていてダランとしていて返事は無い。

 アズマが『暫くは安静』『ギターを弾く事くらいは出来る』と、いう『嘘』を言っていたが、こういう事か。


 こんな状況であるが、ボクは冷静である。

 流石に何度も同じパターンを迎えていると慣れも出てくる。

 人質を取られているのが、少し戦い方を考える必要ありか。

 そんな思考と共に作戦を考える位には冷静だ。


 しかしボクの作戦が出来上がる事は無かった。

 百の策を上回る『超暴力』が現れたのだから。


「WOOOOOOO!」


 大きな咆哮が響いた。

 地獄の底から響くような、獣の声だ。

 先頭の車椅子に乗ったジョナサンが、大砲の如く飛び出したのだ。


 狙いは正面切り裂きジャック。

 反応する間すら許さず、そのまま壁に叩き付ける。

 だが、切り裂きジャックは脱出する。

 車椅子のタイヤを蹴って脱出したのだ。

 力を込め過ぎたら、薄い壁を破壊してイオリ諸共落としてしまいそうだったか。


 ……あれ?

 この時、ボクは違和感を覚えた。

 今まで切り裂きジャックが『蹴り』なんて使ったっけ。

 使えなくはないけれど手札を鑑みるに、その選択肢ってなんか変じゃないか?

 しかし現場の変化は目まぐるしい。

 思考は直ぐに霧散したのだった。


 状況は現実へ。

 車椅子が蹴られた反動で後ろに進んでいく最中だった。

 風船の如く段々とジョナサンの身体が膨れ上がっていく。

 肌も白から銀へ変化して、それが『鱗』を形作る。


「GAHHHHH!」


 整った顔はそのままに、額から上が肥大化して魚の顔を象った巨大な帽子のような形に。

 魚の眼があるべき所からは、角が生えた。

 背中からは背びれが伸びて、腕が伸びて水かきが付いて服が破ける。


 車椅子から飛び出して、獣の如く切り裂きジャックに襲い掛かるのは3メートルの巨躯。

 まるで「本物の化け物ってやつを教えてやる」と言っているかのような姿である。

 嘗てのヒーロー。ジョナサンの『半魚人形態』だ。


 こんな患者だらけの場所で、そんな姿を晒して大丈夫なのか。

 その答えは直ぐに出た。


「周りの患者が起き上がって……!?」

『気を付けろ!そいつら全員切り裂きジャックだ!』

「ええっ!」

『誘い出されたんだよ、俺達は!知ってたけど!』


 ジョナサンの角から発される魔力波は、人間状態のものよりとてもクリアだった。

 直後彼は、イオリが使っていたのであろう空のベッドをその巨体で持ち上げ、オーバースロウで振りかぶった。

 天井に届こうが関係ない。

 天井を砕きながらベッドは直進し、敵達を叩き潰す。


 床に穴が開いて、敵達の統制が一瞬乱れたところに角を前に出して魔力波を飛ばす。


『催眠!』


 出てきたのはエミリー先生の怪音波なんて『生易しい』物ではない。

 ある意味半魚人のメインウエポンと言って良い、催眠術だ。

 かつて彼は、これで街の住人達を洗脳して内乱を起こさせた前科がある。


 

 敵達は動きを止めると集合意識の群体でも、全てが操られてしまえば関係ない。

 一部の切り裂きジャックは味方に襲い掛かる。

 しかし効かない個体も居る。

 貴族には効かないという欠点もあるので、使われている頭部が貴族階級の物なのかも知れない。

 結構効かない個体が多いのが、ゾワゾワとする闇の深さを感じさせた。


 さて。

 こうした騒動に紛れて、イオリを連れている切り裂きジャックは窓から外に出ようとしていた。

 それを阻止戦と現れたのはピーたんだ。

 なんと彼女は窓の外の、しかも上から現れた。


 彼女はジョナサン同様に半魚人形態になっていた。

 肌は緑で珊瑚のような角が生えているが、此方は人為的に作った姿なのでジョナサンよりも人間に近い。

 それ故に戦闘力ならジョナサンの方が上だが。


 ジョナサンが突撃した頃には既に手を離し、イモリの様に壁を伝って窓の上に貼り付いていたのだ。

 人外ならではの作戦である。


 ピーたんは手を前に出して催眠術の構え。

 けれど切り裂きジャックは、今までのように分裂して逃げるでも無し。


 床にあった『スイッチ』を足で押すと、突然床が落とし穴の如く開いて下に落ちたのだ。

 位置的に、さっきまでジョナサンが振り回しているベッドが置いてあった場所。

 本来、あのスイッチはベッドの下に隠してある物という事だ。


 床の下を見れば、先程までの診察室にまっしぐら。

 そして先程までの町医者は居ない。

 やっぱグルだったか。


 けれどチャンスでもある。

 偽装する建物を作るのはお金が掛かる。

 此処まで本格的な準備が出来るという事は、『裏組織』の本拠地も近くなってきたという事なのだから。

 もしかしたら、この病院の何処かに隠れ家への入り口が隠されているかも知れないね。


 ジョナサンの叫び声が脳内に響く。

 キンとするね。


『行けぇぇぇ!ここは俺一人で十分だ!』


 いやいや全くその通りで。

 お言葉に甘えさせて貰う事にしたのだった。

読んで頂きありがとう御座います。


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