496 安い二階建てアパートみたいな外見の病院
イオリが入院している病院は二番街。
それは工業区の近所という意味でもあるので、まあまあ新聞社の近くである。
外見は平凡過ぎる程に平凡だ。
しかし胡散臭さ爆発な二番街では、寧ろそれが不気味さを醸し出していた。
お屋敷といった外見では無く、殺風景で面白みのない二階建てのフラットマンション。
一階が診察用で二階が入院施設となっていて、金属製の階段が、壁に外付けとなっている。
不気味なのはピーたんが警戒していた事による先入観とか、ボク自身の被害妄想とかそんなものであって欲しい。
ついそんなフラグを建てながら、一歩前に出る。
「ふひ~、なんかホラー系の廃病院みたいじゃの」
こらこら、フラグフラグ。
「……」
そんなボク達の後ろで、アズマが意味深な顔で病院を見ていた。
その視線の先はイオリの居る二階ではなく、一階だった。
◆
「おや、いらっしゃい。診察かね」
中に入ると絵に描いたような町医者が出迎えた。
禿げ頭にモジャモジャの髭。動き易いベストを着ている。
まだ異世界人が言うような『白衣』は研究者の概念であり、医者はその限りではない。
歴史による変化とはそういうものだ。
ピーたんが前に出て、話し出す。
その手には一枚の羊皮紙。
父上の許可証である。
「いや、ちょっと領主様の依頼で、此処の患者さんを診るよう言われててね。
おっと自己紹介が遅れたね。私はアンピトリテ・レオンハート博士。
学園都市に名誉教授だ」
「……は?何を言っとるんだ、嬢ちゃん」
そして町医者は、ぽかんと口を開けたのだった。
それもそうだ。
まんま子供な見た目で、しかもこんな町の病院で雲の上の話をベラベラ話すとか、子供の遊びにしか思えない。
エルフ、希少種だしなあ。
ボクでも今王国内に居るエルフって、ピーたんとタークル・クロームル侯爵しか知らないもん。
因みにクロームル侯爵っていうのは、学園都市校長の事ね。
初代様の友人で、母上のご先祖。存命だけどご先祖。
なのでボクも微妙にエルフの血が入っている訳で、顔が良いのもその影響かも知れないと、父上はゲラゲラ笑いながら言っていた。
つまり冗談半分という事だな。
と、やや脱線したが、町医者は父上の許可証を手に取って、まるで隠し絵の遊びでもするかのように様々な方向から眺める。
その表情は訝し気。
そもそも町医者がこんな物を目にする機会は無く、しかし本物の条件は満たしている。
けれど鵜呑みにして患者を渡す訳にもいかない。
ああ、こういう時の為のバルザックだったのか。
ええい、肝心な時に使えない男め。
ほら、シャルも凄く渋い顔している。
ボクには同じことを考えているという確信があったのだった。
「あ~、お嬢ちゃん。
ちょっと本物と区別付かないから、お役所に提出して確認を取ってみるよ。
まあ、お見舞いだけは良いよ。悪化しちゃ悪いから手だけは出さんでくれよ」
そして医者は無難オブ無難。
適当に受け流す気持ちが見え見えである。
そこでしびれを切らせてグリーン女史が前に出る。
「ちょっ……!」
けれど止めるは、エミリー先生だった。
どうしてだと言えば、そっと囁くように言葉を綴る。
医者には言い辛い事なのだろう。口の動きを読めるボクにはしっかり『聞こえて』いるけれど。
「なんで邪魔するのさ。イオリさんの復帰に関わるんだよ」
「言っても無駄だからさ。古い価値観の人間に『子供』と『女性』は変わりない。
そして彼は妥協案という答えを見つけてしまった。ならば、私達が言っても無駄だろう」
それは彼女自身が女性であるが故の言葉なのだろう。
エミリー先生は鉄道や造船などで重役を任されているが、父上の派遣した男性の部下が『声出し』の仕事をする事は多い。
ぶっちゃけこの状況だと、貴族であるエミリー先生なら医者をぶっ飛ばして代わりに治療しても罪にはならなかったりするが。
それをしないのはイオリの安否にそれほど興味が無い為か。
それとも、視線の先に居るアズマに期待しているのか。
故にアズマは動き出す。
「……なあ、ちょっと良いか?」
「なんだい、お兄さん」
「ちょっと耳を貸してくれ」
「ん?」
その内容は、一言で言えば『詐欺』であった。
裏社会ならではの言葉運びで、上手く相手を陽動している。
彼自身が異常に進んだ技術を持っているので、ある程度医学にも精通しているのも質が悪い。
そして医者が少し考え出したところへ、金貨を一握り。
裏社会ポイントがグンと上がったね。
そこで受け取ってしまうところに、プライドの無さも伺える。
「はあ……事情は分かりましたが、自己責任でお願いしますよ」
医者は黄金色のお菓子を懐に入れ、モゴモゴと分かったような分からなかったような顔。
詐欺にあったのだから、分かってないんだけどさ。
尤も後に、「それとも騙された振りだったのかな?」と思うようになるという、ややこしい事態に遭遇する羽目になるのだが。
「ああ、分かっているとも」
そして再びの薄っぺらい「分かった」を飾り、アズマは身体を翻し、外の階段へ向かうのだった。
手段はどうあれ、あんなに受身だったアズマが自ら動くなんて成長したものだなあ。
けれどグリーン女史はそれどころではない。
目を見開いて口をあんぐりと開けて、そのまま時が止まったかのようでいた。
直ぐに意識を戻すと、アズマの背中に向かって駆け出し、取り敢えず頭を掴んで目を合わさせる。
「ちょっと、ヒモがあんなお金どうしたのよ!」
「ああ、エミリーに『使え』って言われて持たされた。後は全部アドリブだ」
「ああ、もうアイツは!」
「駄目だったか?」
ジッと見られたグリーン女史は、そっと手を離す。
「……いや、ありがと。頼もしかったよ」
「そうか。良かった」
昼の太陽に照らされ表情はよく見えなかったが、少しだけ笑っているように見えた。
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