494 彼女の根っこはお嬢様
アセナは『ボクの下』で不機嫌な顔をしていた。
ソファーに座るボクが、しゃがんでいる彼女を見下ろす形になっているのだ。
彼女は眉間に皺を寄せて、頬を膨らます。
先ほどまで顔をトマトのようにして「ギャー」って言っていたのが嘘みたいだ。
「アダマス、ちょ~っと聞いて良いかな?」
「うん」
「なんでアタシは撫でられているんだ?」
「良い事したご褒美」
ナイトクラブの事件解決という事で、自分自身を褒め称える記事を書く事になったアセナ。
剣を一本片手に持って、美少女冒険者が右へ左の大活躍。
書く対象が『自分』じゃなければさぞ筆が乗った事だろう。
そこでボクは彼女を呼び、しゃがむよう頼み、頭撫で撫での刑に処したのだ。
エミリー先生にシャルと続いたから、ヒロインコンプリートだね。
「むう~」
アセナは頬袋を膨らませていた。
姉みたいな人だし何時も撫でられる側だったから、結構新鮮かも知れない。
エミリー先生の艶やかさとは別に、肌触りが良い癖っ毛だ。
人生は新たな発見の連続だ。
ツンツン。
そこにシャルがボクの脇腹を突いてきた。
くすぐったい。くねりたい。
「のう、なんでアセナを褒める記事が必要だったのじゃ?
事件解決なら、研究メンバーであるエミリー先生も参加していたのじゃ」
「ルパ族融和政策だね。
人々に良い印象を持たせたいんだ。
強力な身体能力を持つ獣人は、隣人として恐れる人は多い。ウチは古い領地だしね。
それに……」
「それに?」
「これからアセナが産んだ子供はウチの政治にも関与してくるだろうから」
次期領主であるボクの息子って事だからね。
異民族で、しかも愛人の子供なので直接政治に関与する訳ではない。
しかし商人が台頭しつつあるこの時代、『会社』を運営させるだけでも十分な力になる。
この新聞社はそのプロトタイプといったところか。
『情報』が世界の中心になった時、異民族にその管理を任せるのは反発が大きいだろうしね。
新聞社なのはその先手を打った意味もあると思われる。
幸い、紙の新聞というものは最近出来た概念なのだ。
「ん、アセナ。また顔を真っ赤にしちゃってどうしたんだい」
「う……ホントは分かっているんだろう?」
「さあ?なんの事やら。君は侯爵様のご子息の息子を身籠る。うんうん、名誉な事だね」
微Sモード発動なのだ。
まだ身籠ってもいないのに子供を産むとか、頭では分かりつつ、ぶっちゃけ17歳の若い娘さんには恥ずかしい話題ではある。
実はアセナって、露出系の服とかに抵抗は無い癖に、いざ本番となると凄い純情だったりするんだよね。
例えば修業場時代も、そう簡単にキスをするタイプじゃなかった。
周りが決めたのでいずれやらなければいけないとは分かりつつ、乙女チックなシチュエーションを作ろうと頑張り、何とかボクを「恋愛するに値する人間」として仕立て上げ、一年かそこら掛かった気がする。
『篭絡』を選べばもっとスムーズに進んだと知った上でだ。
ボクと初体験までいったのだって、修業場卒業の時だ。
四年くらいかかったか。
一般の概念から言えば短いかもしれないが、彼女はルパ族の皆さんから「さっさと子供を作れ」と急かされている身だ。
その状態で四年ももったのは、ある意味凄い。
周りに流された恋は嫌だったんだろうなあ。
「よーしよしよし」
「うおっ、今度はなんだ!」
「いや、なんとなく」
「テメェ……」
少年の様な顔つきで、アセナは口の端をひくつかせた。
この、かわいくない時の顔が背景を知っているとなんともかわいい。
ぶちゃいくという概念だろうか。
美人キャラのギャグ顔で妙に萌えるあの気持ちだ。
そこでセリンがニヤニヤしながら口を挟む。
「因みに、明日は風俗ギルドの活躍も書かせるね」
「ぎゃあああ、やめろおおお!」
「だって当事者が一番状況を理解しているし」
「そうだけどさ……そうだけどさあああ!」
しゃがんだ状態のまま、彼女は手で顔を覆って上を向いたのだった。
ある程度の後処理は終わっても、アセナの苦難はもう少し続くらしい。
「……ちょっと良いですか?」
そこで手を挙げるのはグリーン女史であった。
アセナはピタリと止まり、両手を離した中から仕事用の顔付が出てくる。
そこまで親しい訳でもないので、ビジネスライクくらいの距離感が丁度いい。
「関係ない話になって申し訳ないのですが、そこのピーたん博士って最高峰の生物学者でしたよね。確か医師としてもかなり上位だったと思います」
「まあ、そうだな。そこまでは説明してなかったけど」
「学園都市では有名人でしたから」
そういえばグリーン女史ってエミリー先生の同期だ。
で、エミリー先生がピーたんの世話になったという事は、詳しい確率は高いのか。
尤も、研究として教師陣と距離の近かったエミリー先生の方が詳しそうではあるけれど。
緊張した面持ちで、グリーン女史は話を続ける。
「お忙しいところ申し訳ないのですが、少しお手を貸して頂きたいのです。
その……治したい人が居まして!」
ピクリと錆銀色の眉を動かし、アズマが続いた。
「イオリか」
「うん。今も大怪我で入院中だし。
少しでも良くなって欲しいんだ」
そりゃまた無謀な要求だ。
意識もはっきりしない入院患者に無関係な医者が突然割り込んで、患者を診るとかどう考えてもマナー違反だぞ。
セカンドオピニオンなんて甘いレベルじゃないんだ。
しかしアセナは、気にしない様子で、簡単に言ってみせる。
「良いよ」
それはまるで、こうなる事をあらかじめ伝えられていたかのようだった。
「ところでグリーン、同じ研究チームの私には聞かないのかい?」
「頼んだらやってくれるのかい、エミリー」
「いや、やらないな。私はイオリの生死とかどうでも良いし」
「そうだよ、アンタはそういうヤツだ。効率的じゃないなら聞かんで良いだろう」
「非効率、良いじゃないか。私はビキニアーマーもミニスカ軍服も大好きだぞ」
「そーかいそーかい、私は大嫌いだ」
直後にそんな会話もあったとか。
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