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491 新聞を貰おう

 ごくごくと。

 ボクはガラスのコップに入ったぶどうジュースを飲む。


 なんでも、ルパ族の街の族長の家の中庭で葡萄を栽培しているらしく、届いた物をこうして加工する事が多いんだとか。

 族長はアセナだけど、副長のヴァン氏が管理しているから、実質ヴァン氏の家だね。

 甘過ぎず、酸っぱ過ぎず。

 砂糖以外にも隠し味が入ってそうで、でも探る前に美味しいという素直な気持ちが出てきてしまう。


 さて。

 ボクは貴族の生まれだからか、なんかお茶会っぽい状況だなと感じつつあった。

 お茶会の主な目的は、喉を潤す事ではなくて話す事と言えるだろう。

 貴族なら胃の痛くなるような意見交換が主であるが、普段使いなら楽しいトークを弾ませるのが良い。


 ボクはこの間まで引き篭もりで、強制的に話さなければいけないこの場が苦手だった。

 それが此処まで言えるようになるって凄くない?ねえ、凄くない?

 話題を出すのは大抵周りの人だけれど。


 たまにはボクから話題を出すのも良いだろう。

 ジュースの飲み方で、なんだかんだで育ちの良さを見せるジャムシドに話しかける。


「そういえばさ」

「おう。どうした」


 『そういえば』で素早く反応してくれる人って、良い人だよなぁと感じる今日この頃。

 話を続け易いように、彼はケモノ耳をピコピコと動かし興味を向けてくれた。

 男のケモミミがピコピコ動く事に需要はあるのだろうか。

 哲学である。


「今日の新聞、読みたいんだけど。あるかな?切り裂きジャックのやつ」

「あるっちゃあるな。突然だな」

「本来の目的が新聞記事を見せて貰う事だから」

「ああ、遊びに来ただけじゃなかったのか」

「むむっ。ボクがそんな人間に見えるのかい」

「超見える。此処をテーマパークと勘違いしているんじゃねえかって思う位には見えるね」

「ぐぬぬ」

「やっぱ思ってるんじゃねえか」

「しかし、直ぐには見せられないんだね?」

「号外でばら撒いて直ぐ無くなっちまったからなぁ」


 言って彼は、後頭部を掻いた。

 ケモ耳が片方だけ、クルクル回っている。

 何かを考える癖なのだろうか。

 哲学である。


 どうやらピーたんのように、予め事情を知っているとかそういうのでは無いらしい。

 中間管理職がそういう役割なのは、貴族も少数民族も変わらない。


「やっぱ、凄い話題性があったりしたのかい」

「かなりな。駅前で新聞売りをしている丁稚小僧の話だと人が人を呼んで大パニックだったそうだ。

『裏組織』が、今までコツコツと切り裂きジャック特集を続けていたのもあるな。

ご苦労なこった」


 切り裂きジャックの存在を『恐怖の都市伝説』として人々に刻み込むあまり、正体が気になる人は沢山居た。

 それは身近な危険意識などではなく、娯楽の割合が強いと思われる。

 なんせ駅前は、別の領地や国の人が沢山来るのだから。


 そうした彼等の手により『裏組織』の失態は、あっと言う間に外へ広がる事になるだろう。

 そしてメディア工作に手を貸していた新聞社を追い込む事にも繋がる。


 人を呪わば穴二つといったところだ。

 今まで行ってきたメディア工作が、逆に自分の首を絞める事になったのである。


 そこでボクの膝に座っていたシャルが、ピョコリと顔を出して、一言。


「その割には、市でベビーカステラを買っている時、人達から話題は出てこなかったの」

「熱が冷めた時間だったからな。

朝に大騒ぎした分、昼過ぎから話のタネが移ったんだ。

まあ、流行なんてそんなもんだ。

……目に見えない所で、まだ大騒ぎだったりなところもあるがな」


 それを知っているのは、新聞の販売が終わった後も現場で動きつつ、指揮を取っている人間しか知らない情報だ。

 なので、社長業をしつつ風俗ギルドの件で動き回っていたアセナが教えてくれたのだった。


 その時間、ボク達はハードボイルドお嬢様名探偵ごっこをしていたっけ。

 その後はエミリー先生のお店に遊びに行っていた。

 そんな過去の記憶をこねくり回していると、今度はセリンが声を出す。


「そういえば、丁稚の子供達に読ませる用のがあったわね」

「バタバタしていたからあんま印象に残っていなかったけど、確かにあったな」

「真面目な子供は目を通していたけどねぇ」


 そんな段取りを以て、彼等夫婦は立ち上がる。


「ああ……そういえば、だ」


 だがジャムシドは、何かに気付いたような顔をして、アズマに近付いた。

 アズマの肩を掴みながら、グリーン女史に聞く。

 荒々しい見た目とは別の、お客さん向けの言葉遣いだった。


「そういえば、お連れさんの彼を借りて良いですかね。

ちょっと手伝って欲しい事を思い出したので。

「はあ……どのようなご用件で。

私も手伝った方がよろしいでしょうか?」

「いえいえ、ほんの少しだけ。

話す必要もない、割とどうでも良い事なので、大丈夫です」

「そうですか。まあ、そんな者でよければ」

「ありがとうございます」


 ジャムシドは礼をすると、アズマをソファーから『立たせて』、ゆっくりと過去の新聞紙が、かけてある台に向かった。

 新聞紙は大きいのでダランと干物のようにかかっているのが特徴。


 それにしても、この状況はアレだね。

 周りから分離させて、なんかヤバい会話する気満々な感じだね。

 実際、背中を向けた彼等のヒソヒソ話は、ボクに聞こえない。


 そこからは、強力な『憎悪』の念が感じられる。

 ジャムシドの握るアズマの服の皺を見るとかなり力が入っているのが見えた。

読んで頂きありがとう御座います。


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