489 ダメな大人達の詩
「結果論と言われればそうとしか言えないけれど……」
故に前置きをひとつ。
斜めに構える人間には、少し慎重になる。
ボクはアズマの視線を、ピーたんに行くよう誘導した。
「ピーたんは子供も夫も無くしたけれど、長い時間をかけて戻って来た夫と家庭を戻そうと努力している。
夫の病気が治れば、直ぐに子供も出来るだろう。
いや、もしかしたら治らなくても出来るかも知れないね」
ピーたんの研究の結果、半魚人とエルフの混合種が子供を作れる可能性はかなり高いらしい。
「らしい」というのは、実際に作っていないからというからだな。
シャーレの上で人工的に作れば簡単なのだが、それは流石に嫌というのが本人の主張。
まあ、ボクも嫌だし仕方ない。
そして、ソファーで眠っているバルザックに視線を移す。
「そしてバルザック。こっちは完全に駄目な大人だ。
人生をかけた夢は破綻。
家族は失って、領地の管理もできないので財産は友人に預けて底辺の力仕事をしているような三十代だ」
「……」
「でも、彼の寝ている姿は『駄目』な物ではないと思う」
彼はずっと自分の為に研究を続けていたが、今回はシャルの為に全力を出した。
そうやってボロボロの状態での休みは、献身の精神の表れと言えよう。
勿論、ピーたんの言った通り徹夜で仕事なんて効率を悪くするだけだし、チームでの行動も取れていない。
結局駄目な人間には違いないのだが、人の為に働く事に慣れていない、不器用な人間なりの行動なのだと思う。
お疲れ様だ。
「今、彼の手にしている物は、絶賛嫌われている最中の娘のよこしたベビーカステラだ。
確かに距離は離れているけれど、近付こうと努力する事は出来る。
ボクの父上もはじめは上手くいかなくて、ボクを引き籠りにしちゃったけれど、家庭教師のエミリー先生を入れた事で今のようになれた」
ボクはふわりと、軽く両手を広げて自分の身体を見せるようなポーズを取った。
「完璧じゃなくても良いんだ。
休み休みで良いから、一歩でも前に進もうとする気持ちが必要なんだ。
後……」
首を傾げてニコリと笑う。
安心を持たせたいという気持ちが働いているからかも知れない。
『子供と接する』って、こういう感じなのだろうか。
「子供ってぶっちゃけ、親にそこまで似てないしね」
「「「……」」」
ん、シャルとエミリー先生とアセナが何か言いたそうに此方を見ているぞ。
ボクと父上ってそこまで似ているかな?
個人的にはそこまで似てないと思っているんだけどなあ。
まあ、あんなのでも尊敬できるところはあるから、真似をして覚えている技術や仕草は沢山あるけど。
フウとアズマは溜息をつき、口を動かしはじめた。
個人的に、最後まで聞いてくれた事にありがたく感じる。
「……そうか。
まあ、検討の価値はあると思う。だが、それだけだ」
そこで身を翻そうとしたところで、ピーたんがガッと彼の肩を掴んだ。
白衣が大き過ぎて萌え袖になっている事に、ちょっと目が行ってしまう。
彼女の眼には「今がチャンス」という気持ちがまざまざと浮かんでいた。
「なんだ?」
「まあ、補足に一言をね。
私の彼は150年前の人間だが、今こうして同じ時を生きている」
「それがどうした」
「私は、寿命を延ばす技術を持っているという事さ。
君達の技術とは全く別形態。しかも、大体の結果だって予測できる」
ピーたんは子供を作れることを予測した。
それにソファーで寝ているバルザックは、遺伝子の配列表を見ただけで完成品を導き出せる頭のおかしい特技を持っている。
「……」
「なんとも言えない顔をしているね。
まあ、そういう部分も含めて気楽に。しかし真面目に考えてみたまえよ。
正直に生きてもそうでなくても、周囲の環境に左右される以上、実はそれほど結果は変わらない。
でも、自分で選んだ方が納得できる要素が多いから、後悔の少ない人生になる。
だから決断は早くした方が良いと思うさね」
それは危険な言葉だった。
明らかにナイトクラブでの憲兵の調査では知り得ない情報なのだから。
ピーたんが、アズマの事を以前から知っていた。
もしくは、アズマの事を以前から調べていた何者かが存在する事を、アズマに伝えている事になる。
つまり、彼は自分が「泳がされている」事に気付くようになるのだ。
頭が良いので今正にその結論に至っているだろう。
彼は親指と人差し指で、顎を支えるように唇に当てて、眉間に皺を寄せてじっくり考える。
不確かな人生を、果たしてどう生きるのか。
そういう悩み。
不安そうに彼を見るグリーン女史を、彼は一瞥して目を逸らした。
無表情を装っているが、悩みによって無意識に唇にかける力が強いと見て取れる。
それくらいの重い悩み。
そんな彼の手にグリーン女史は手を添えた。
「まあ、工場で話した通り、お前は少なくともずっと居てくれるんだろう?
なら良いさ。一緒に考えればいい。
今は少なくとも、もしも子供が出来たらヒモに育たないようにはどうするかだけ悩めばいい。
そんな大きな事なんて、誰も受け止めるには時間がかかるものさ」
それを聞いたアズマからは『罪悪感』という感情が滲み出ていた。
グリーン女史は、ミアズマの事なんてなにも知らない。
アズマの事を、「ヒモになるような過去が恥ずかしいから自信がない人間」程度にしか考える材料がないのだ。
勿論、そこに辿り着くまで後ろ暗い事があったのは解っているが、彼女は自分から話すまで聞こうとしない。
エミリー先生の勤め先を聞かないように、詮索しない性格だ。
逃げるか向き合うか。
決断の時は近いだろうと感じたのだった。
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