488 『自分みたいな人間が人を幸せに出来る筈ない』
ピーたんは言葉を続けた。
それは所謂説教だ。
強制力のない、口煩い小言なのだ。
ならば無視してしまえば良いと思えるが、自分に『刺さる』事があればつい聞いてしまうものである。
「クール系って格好良いと思うけれど、彼女さんに合わせるなら、もう少し肩の力を抜いても良いんじゃないかな。
それでお互いに楽しめるようになれたらもっといい。きっとこれから幸せになる」
ボク達はアズマの事を知っているし、シャルなんて友達だとも思っている。
けれど初対面の彼女の言っている事は、まるで見て来たかのようだった。
「……」
──お前に俺のなにが解る。
それくらいは言いたいのではないだろうか。
無表情を維持しているけれど、苦々しく眉間に皺寄せているし。
黙っていれば過ぎ去るんじゃないかと思っている、あの時の顔と言えば分かり易いか。
人物関係が分かっていれば、どうしてこういう言葉が出るかは分かる。
ピーたんは父上から前もって情報を貰っているので、その知識を元に言っている。
ただし、知識だけで紡いだ言葉では人は動かない。
ピーたんは自分がそうだったから、彼が気にしている事を正しく言えるのだ。
だがそれは、彼にのみ向けられた感情という訳でもないらしい。
彼女はボクの方に向いた。
「……と、見ず知らずの年寄りが説教したところで口うるさいだけさね。
ちょっとアダマス、なんか言ってやんね」
「なんでボク!?」
突然の流れ矢。
芸風を吹き飛ばして、物凄い年寄りっぽくなったな。
故にカラカラと笑って、言った。
「アンタ、教育の為にエミリーやアセナ……それに『父親』がやったところの仕上げを課題で出されたりするだろう?
ならば、私が出しても良いだろうさ」
「間違ってはいないけれど、人間関係だよコレ。ボク、コミュ障の陰キャだよ?」
「だからこそ良いんじゃないか。
だってアダマス。お前が一番、彼の気持ちを分かっていると思うからさ」
道化を演じるグルグル眼鏡の内側の、海の如く知性溢れる蒼の双眸がボクを捉える。
読心術は『嘘』と言う。
本当はボクが一番という訳ではない。
しかし、この話を出すにはボクが一番向いているポジションであるという訳だ。
ここまで『期待』されていては動かない訳にもいかないか。
根暗というのは、人から頼られることに弱いのだ。
「と、いう訳で選手交代なのだ」
「……そうか」
「さてアズマ。恐らく君はこう思っている筈だ。
『自分みたいな人間が人を幸せに出来る筈ない』とね」
「読心か?」
「いや。分かり易いだけ」
分かりにくいキャラを演じている人間ほど、心の中はお喋りだ。
「それに、ボクも日頃から考えるのさ。
ボクって虐められっ子だったからさ、自分にもしも子供が出来るとしたら、子供も同じようになってしまうのではないか……とかね」
「……そうか」
彼の命は長くないとしても、考えはすると思う。
ボクだって、急にハーレムが出来た最近はよく考えてしまう事だった。
上級貴族の跡継ぎの『子供の時間』は、常人よりも短い。
恐らく、今年中には結婚式があるだろう。
そして、来年か再来年にはアセナと子供を設けていると思う。
民族の将来の為に有力者との子供は必須で、ルパ族の全てが待ち望んでいるのだ。
そして本格的な領主としての教育として、オリオンの代官を任せられるだろう。
都市運営にドタバタして16歳──四年後には学園都市に入学。
一年遅れでシャルとは一緒に学園生活を送れるけれど、他二人はどうだろうな。
アセナは里の事で忙しそうだけれど、もしかしてエミリー先生は教授として押しかけてくるかも知れない。
で、20歳。四年で学園都市を卒業する。
帰郷すれば直ぐに領主へ就任して、本格的な大人の仲間入りとなる。
父上と同様。しかし父上と違う方法で、様々な貴族達と戦わなくてはいけない訳だ。
その頃にはシャルとの子供も居るかもね。
ハンナさんも今と全く同じ見た目で、その子の乳母をしているのだろう。
迷惑をかけるだろう。
ホント、あっと言う間だ。
子供で居られる『今』は凄く貴重な時間なのだとしみじみ感じる。
そして、この人生設計の通りにちゃんとやれるかなんて保証は何処にもない。
なんせ今は大人たちがちゃんと歩けるように手伝ってくれているけれど、あっと言う間に無くなる補助なのだから。
つい溜息が出てしまう。
「でもこんな立場だからジタバタしたところで変わるものでもなし。
それに『逃げられない運命』って受け入れると案外見えてくる物もあってさ。
例えば此処には、バルザックとピーたんが居る。
彼等は家庭を作る上では大失敗の例だろう。
でも、人生が大失敗かと言えば、意外とそうでもないんだ」
誰かを敵にするのが嫌いなボクにしては大胆な発言。
寝ているバルザックは兎も角、ピーたんは聞いているのだからね。
多分大丈夫だろう。
チラリと見ると、口の端を吊り上げ笑っているだけだ。
ああ、良かった。
やはり年を喰っている分、言葉への耐性が強い。
これを言ったらぶん殴られそうではあるので、心の内に留めておくのだった。
読んで頂きありがとう御座います。
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