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483/568

483 羞恥心は相対的

「お前達を書いてやったぞ。ありがたく受け取るが良い」


 メモ帳を持ったアセナは、素早く万年筆を走らせる。

 そして出来上がった一枚を剥がし、グリーンとアズマの前に渡したのだ。


「え、ええと……アリガタクウケトリマス」


 受け取ったグリーン女史の口端は、ヒクリと微妙に引き攣っていた。

 彼女の心象を代弁するならば、嫌ではないけど、ツッコミどころはある。

 なので反論をしたいけれど、目上の人だから噛みつくような事を言うわけにもいかない。

 そんな感じだ。


 なので渡した絵は、ただ二人を描いただけではないようだ。


 グリーン女史はソワソワと落ち着かずに、紙を隠そうとする。

 けれど見張りは高いところが有利なのは常識。

 遥かに背の高いアズマが彼女の内側を覗く事で、その努力はあっさりと瓦解する事となるのだった。


「なにが描いてあるんだ?」

「えっ!?これは……」


 恥ずかしさと期待が半々の不思議な感情で、動揺するグリーン女史と、ボウとデリカシーのないままに心の動かないアズマ。

 故になのか、あまりにも感想は普通だった。


「なんだ、上手い絵じゃないか。折角だし、兎と一緒に飾ってしまおう」


 グリーン女史は肩を萎ませる。


「そ、ソーダネ……」


 何が描いてあるのだろう。

 ついでとばかりにボクもシャルとエミリー先生とで一緒に覗いてみた。

 これで描いた絵を知らない人はない事になるが、なあに些細な問題だ。

 シャルはアズマと同じ「おお、上手い絵じゃの」という反応であるが、エミリー先生は違っていた。

 その反応は爆笑である。


「ブハッ!まあ、上手い絵じゃないか。

大切に飾っておくんだぞ」


 そこにあったのは、アズマが渡した兎の人形を、照れながらも嬉しそうに受け取るグリーン女史の絵だった。

 彼女の表情はまるで乙女の如く。

 こんな顔だっただろうかと思ったが、本人が焦っているので真実なのだろう。


「一瞬の隙を逃さなかったぞ」


 アセナも丁寧にインスピレーションの切っ掛けとして補足してくれた。

 しかしと、ボクは口を開く。

 グリーン女史は「やめてくれ、恥ずかしい時に説明を求められるのは余計恥ずかしい」と言うが、気になるのだもの。


「買う流れに持って行ったのはグリーンさんでしたし、楽しそうにアズマを見ていたので、構わない事なのでは?」

「いや、だってこの絵が残るとなると、それはそれで恥ずかしいんだよ。

歌っている最中は楽しいけれど、自分の声をレコードで聴くと頭を抱えたくなるあの現象だよ」


 あ〜。そっち系かあ。

 周囲の反応の違いはそこにあるのだろう。

 ボクだったら、シャル達とのキャッキャウフフな光景を巨大油彩画にされて広場に飾られても別に恥ずかしくはないかな。


 なので頷き、再度発言。


「なるほど。それでは、新聞社へのお土産を選びましょう」

「いや、どうしてそうなる。話が繋がってないぞ」

「引っ張る必要のない話なので、さっさと切り上げて次の段階に進んだ方が良いという事です」

「必要のないってお前な……、いや、確かに引っ張られても困るか」


 エミリー先生が薄く笑いながら、幽霊よろしくグリーン女史の背後に近付く。

 なので突如肩をポンと叩かれた彼女は、ビクリと驚く。


「うおっ!なんだエミリー!」

「話を切り上げてくれたアダマスくんにお礼は?」

「「……」」


 彼女達は互いに向き合って、無言の間。

 エミリー先生は真顔のフリをして、笑っている目。

 遊んでいるだけの様だ。

 普段が遊んでいるフリをしてガチなキャラだと、逆にこういう時に本気にしてしまう心理トリック。

 そこへアズマのアシストが入る。


「分かった、俺も一緒に謝ろう」

「いやいいよ!お母さんか!」

「構うな、頼れ。恋人だろう」

「そんなセリフをこんなバカみたいな場面で使うんじゃない!」

「で、謝罪は?」

「すみませんでしたぁぁぁ!」


 なんか謝られた。

 やけくそ気味で。


 ボクとしてはどうでも良いのだが、子供達の先生であり、グリーン女史の親友であるエミリー先生に取っては重要な事なのだろう。

 なので「あ、どもです」と、軽く会釈をして話を続けるのだった。


「で、お土産なんだけどどうしよう、アセナ」

「本人に聞く事か?」

「ボクは驚く顔より喜ぶ顔を見たい派なもんで」

「はあ……どっかで聞いたようなセリフを。

まあ、良い。そうだなぁ……」


 彼女はダルそうに後頭部を掻きちょうどパーラを見る。


「此処にある物で、なにか喰いたいものある?」

「ええと、私っすか?

そんな当然話を振られましても……」

「人生そんなもんだ。後から皆で食べるから、小さな物で頼むよ」

「じゃあ、あのベビーカステラで……」


 彼女の指差した店は正面。

 鈴の様に小さなカステラが、小麦を焼く良い匂いを発している。


「表で売る場所が取れるのは良いんすけど、治安が良い分美味しそうな物が多くてっすねー。

アレって正面の店じゃないすか。売っている間、ずっと気になって仕方ないんすよ」

「あっはっは、贅沢な悩みってやつだな。

まあ、買ってあげるから後でゆっくり食べて慣らしておきなさい」

「ういっす。私が戻るまで、全部食べるとか無しにして下さいよ?」

「……」

「無言って!?」

「ごめん自信ない」

「そうですかい」


 パーラの言葉には諦めがあったが、そこまでがっかりもしていなかった。

 エミリー先生の店で、大家族みたいな生活をしているとよくある事なのだろう。

 ボクはシャルとラブラブ分け合うのが常識になっているが、普通の兄弟というのはどうも違うらしい。

 そう聞いた事がある。


 グリーン女史は小さな革袋に人形を詰めて貰い、なんとも言えない表情で呟く。

 それに応えるのはエミリー先生。


「菓子折り、こんなんで決まっちゃって良いのか」

「知り合いが居るとこういう特典が付くという事だね。

これもコネってやつだ。これから一国一城の主になるのだから大事にしていきたいね」


 かくして大量のベビーカステラを紙袋に詰め、ボク達はアセナの新聞社に向かうのであった。

読んで頂きありがとう御座います。


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