478 新聞記者の動向
「そういえばアセナ。ここ最近見なかったけど、何をしていたの?
エミリー先生と一緒に居る時とか、シャルも一緒に遊びたいって言っていたよ」
グリーン女史の疑惑の目を逸らしたいというのが4割。
アセナの行動が純粋に気になっていたのが5割。
シャルかわいいが1割。
そんな気持ちのブレンドが発した一言だった。
実際に口に出すと、もしかしたらシャルかわいいは2割でグリーン女史については3割くらいなのかも知れないと感じる。
アセナは溜息を付くも顎に手を当て思いに耽る。
唇を尖らせ、最近の事を呟き追憶したのだった。
「ん~領主様のパシリとか、ルパ族の町で精鋭を選りすぐったりとか……。
只、一番忙しかったのは新聞の作成だな」
「持続的な作業が一番疲れるって事かい?」
「いやあ、最近のは火の車だね。それが何時もの新聞作成ペースで続くのがメッチャ大変だった感じ」
言って彼女は、ゴミ溜めへ向かって歩きしゃがむ。
そして取り出したのは、切り裂きジャックのペストマスクだった。
顔の横に並べて、二つの顔で此方を見る。
「コイツよコイツ。
『切り裂きジャックの正体は新種の虫モンスターで、娼婦は特に関係ありませんでした』って記事を、真実をびみょ~に隠して書いたんだ。
ナイトクラブで沢山の目撃者が出たし、ここいらで切り裂きジャック事件を残酷な娯楽として発行する、新聞を黙らそうと思ってな」
そういえば切り裂きジャック事件が広まったのは、裏組織の息のかかった新聞社の情報工作の面もあったっけな。
その時エミリー先生が、微笑みながらボクに向かって安新聞を広げる。
そこでは切り裂きジャック関係の生地が大きく掲載されている……と、いうのが何時もの流れ。
しかし彼女の持つそれは、挿絵は無く隅っこに載る程度だった。
アセナが続ける。
「侯爵様がロビー活動で臣下の貴族達に一斉に呼びかけて、新聞社に一斉に圧力をかけた。
その間に、確かな実験データを元にした内容の記事をデカデカと載せてトドメを刺す」
「確かな実験……と、いう事はエミリー先生の協力かな」
「それもある。
しかし偉い先生方を大急ぎで集め、無事に今日の新聞にする事が出来た。
朝刊は売れ過ぎて、アダマス達の目に入る事は無かったが、夕刊でも載せるつもりだ。
……見るかい?」
「見るっ!」
ボクは興奮気味に言った。
世の中を変える出版物って、歴史の渦中に居る事を体感してワクワクする。
しかし、こういう時に真っ先に食いつくのがシャルなのだが、いまいち勢いが良くないのに違和感。
具体的には頬を引き攣らせている。
「そうしたんだい、シャル。なんか嫌な事でもあったのかい?」
「いや、その『偉い先生方』って、研究対象が虫なのじゃから、間違いなく生物関係じゃろ?」
「まあそうだね。義体に通じていれば尚良しだ」
「うむ。そしてこの短期間で集められるとなれば、先ず近所!」
「だね。学園都市と電車で繋がってはいるけれど、優秀な大学の先生を連れて来るのは結構難しい……あ、そういう事か」
興奮気味なボクの頭も、紙を丁寧に折り畳むが如く丁寧に整理する会話で冷静になってきた。
なんでこんな単純な事から意識が逸れていたんだ。
ややあって、ボクはアセナに視線を返す。
「来ているんだね?【バルザック】が」
「……ああ、来ている。正確にはピーたんと一緒だけどな。
ウチのビルに泊まり込みで仕事をしている」
壁に背を預け腕を組む彼女は、表情を変えずに言った。
バルザック・フォン・フランケンシュタイン子爵。
シャルの実の父で、シャルの母親を人造人間技術によって『造った』天才だ。
現在は侯爵領の旧都のドラゴン牧場で働いている。
彼が育児放棄をした事によって、シャルがボクの義妹として引き取られた経緯があるので、シャルからの印象は凄ぶる悪いのだ。
確かに、前にミアズマ関係で色々あって和解はした。
一緒に街巡りをして遊んだりもした。
けれど、そう直ぐに悪いイメージは払拭出来る訳で無し。
話を聞く分には平気だけど、また一緒に会うとなると勇気がいる。そんな塩梅である。
「どうする、やっぱ止めようか?
別に新聞を読むだけなら幾らでも方法はあるし、バルザックが帰ってから行っても遅くない」
そう言われたシャルは眉間に皺を寄せ、口をモゴモゴと動かした。
そしてパッと顔を上げた。
見開いたアーモンド形の目には、強い意志が宿っている。
「ありがとうなのじゃ、お兄様。でも大丈夫。
妾は行くのじゃ。
少なくとも今は、それを受け止めるだけの心の余裕があるのじゃから
妾の意思で和解をしたのじゃし、害される訳でもないのは解り切っておる。
ならば断わるのは、甘えという事になるのじゃ」
「……そうか、了解だ。でも、シャルの言う『余裕』が無い時は断って良いからね」
「ガッテンなのじゃ!」
自然と、シャルの形の良い頭を撫でていた。
彼女の瞳に映ったボクの顔は、微笑みを浮かべていた。
こうして人を笑顔にするのは癒しや喜劇だけでない事を教えてくれる、大切なボクの義妹だ。
頭から手の平を離すと、横に移動して恋人繋ぎ。
10センチ以上背の違うこの子と、一緒の歩幅で歩きたい。
「じゃ、行こうか」
「うむ、どんな楽しい事が待っているか楽しみじゃ!
取り敢えず何時ものようにタイルでケンケンパはかかせないの」
もう何事も無かったかのように、悪い事は引きずらずに楽しい事を考えられる。
賢くて強い子だ。
あ、そうだ。
グリーン女史も誘ってみるか。
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