477 お掃除とお薬
「おっ掃除、おっ掃除。楽しいのじゃー♪」
ゴロツキ達が去った後は、工場の後片付けタイムとなった。
三角巾を付けたシャルが、可愛らしい声で歌う。
箒やら雑巾やらを持っている黒服の皆さんやアセナも、その可愛らしさについ振り向きほっこりだ。
何でも楽しめる純粋さは羨ましい限り。
おかげで『目の前の光景』の、眼にとっての毒素が少しは和らぎそうだった。
たむろっていた期間は短い筈なのに阿鼻叫喚なのだ。
喧嘩したと見られる血の染みなんかや、ポルノ紙なんかはまだかわいい方。
割れたアヘンチンキの瓶、大麻の葉、コカイン等の麻薬なども平気で放られている。
ウチじゃ禁止しているんだけど、まだ殆どの人々が医薬品と信じているのが悩みどころで、他領ではスナック感覚で買えたりするのだ。
そしてウチでも裏じゃ売られているので、こうして散らばる。
禁じても他領から入手が容易なので、買う人間は買っていく。
なので一部では反発もあるが、それでも禁止する価値はあると思う。
なんで綺麗に保つのは難しいのに、汚れるのはこんなに早いのだろうね。
ボクも掃除に参加し、エミリー先生がガラクタと称した工作機械を捨てても良いか、グリーン女史に聞いた。
返ってきたのは否の言葉。
こうした答えもあるから、ささいな事でもホウレンソウを怠らないのは大切だ。
「工作機械は大発注が終わるまで、そのままにしておいて」
「ん、りょーかいです。只、嫌な思い出とか大丈夫なんです?」
「ぶっちゃけ今すぐ叩き壊してギルドの物に差し替えたいんだけど、それじゃギルドへの負担が多くなっちゃうしね。
ここまでやって貰って、そこまで甘えるのは図々しいんじゃないかなって思えてね。
ゆっくりと替えていくけど、それは今じゃないって事さ」
何処か切ない顔で、機械を見る。
こういう弁える気持ちが、助け合える人脈作りに繋がっているんだろうなあ。
ぼんやり思いつつ、テンション高めにモップ掛けをするシャルの元へ向かうのだった。
◆
そして大体一時間後。
ボク達兄妹はグリーン女史の前で、シュバッと片手を上げていた。
ノリでやっているので意味はない。
「と、いう訳で掃除が完了したのが此方になります」
「のじゃ!」
「なんだいそのノリは」
「料理大会で、料理手順を紹介した後『そして此方が完成品になります』な時のノリ」
「……あっそ」
「因みにテンションブーストがかかって、窓枠のゴミとかも雑巾の先っぽでゴシゴシやってキレイキレイなのじゃ!」
「ああ、子供ってそういうところあるよねえ。その元気は何処からくるんだか」
「のじゃ!」
褒めてと言わんばかりに眩しい笑顔。
ついついグリーン女史は、シャルの頭を三角巾の上から撫でていた。
そんな彼女の隣へ、ヌッと現れるのはエミリー先生。
服は何時ぞやのメイド服バージョンに変形させている。
「さて。ピカピカになったけどどんな気持ちだい、グリーン。
賑やかだったのが居なくなって、広く感じるかな?」
割とデリケートな質問であるが、それが出来るのがエミリー先生というものだ。
グリーン女史はフンと鼻息を吹いて腕を組んだ。
「別に、かな。また振り出しに戻ったって感じ。
密度はあったけど最近の事だからねえ」
「アッハッハ。それじゃ、また騙されるみたいじゃないか」
さらに踏み込まれ、グリーン女史は苦虫を噛み潰した顔になった。
怒っていないのは、もう情けない姿は全て見られたから。
「お前は一言多いよ。一回失敗したからもう間違わないさ。
此処まで来る道は決して楽しい物じゃなかったけれど、本当に大切な物だってなんだか知る事が出来た。
……皆、感謝しているよ」
グルリと、此処で掃除に参加している皆を見回して言う。
やや時間を置くと、パラパラと拍手が入り出し、彼女の頬に朱の色が入った。
勢いで言ったせいか恥ずかしいのだろう。
ついついアズマに抱きついて薄い胸元に顔を埋めてしまったのだった。
ちょっとボクの背中に隠れている時のシャルっぽい。
グリーン女史は、素直な文句をぶつける。
「ちょっとアンタ、どうにかしなさいよ」
「知らん」
「乙女が困っている時にホント使えないわね」
「誰が乙女だ。まあ、今出来る以上の事は出来ん」
彼はそう言って、グリーン女史の背中を撫でた。
やや頼りないが大きな手である。
「んじゃ、夫婦漫才も終わったので作業再開で」
「「「おいっす」」」
アセナが手を上げて止めの合図を出すと、黒服の皆さんは一斉に止まって再び作業に戻っていったのだった。
見た目の掃除が終わっても、社会の掃除は終わらない。
グリーン女史の了承の元で、契約書やら裏取引への手がかりやらが、憲兵の調査よろしく徹底的に探される。
ヤクザ屋さんなので、良い結果が期待出来るだろう。
そこでシャルは子供らしい疑問を口にした。
「そういえば、アセナとグリーンさんって仲悪いのじゃ?」
「え、なんで!?」
アセナの耳と尻尾がピンと跳ねた。
思いもよらぬ言葉だったらしい。
「だって、全然喋っておらんのじゃ。
と、いうか喋る事を避けている様に見えるのじゃ」
「ああ、それね。
どちらかと、どう話して良いか分からないって感じかな」
「どうしてなのじゃ?」
「だってアタシ達って、こうして面と向かって会ったのは初めてだよ?」
……え?
シャルではないが、ちょっと思い出してみる。
グリーン女史の工場に初めて行った後に、パブでアセナと合流。
その夜、ナイトクラブで会ったがこれといった会話は無し。
そして今日になって風俗ギルドで初めて会ったが、気軽に話しかけて良い精神状態でもなし。
ホントだ!
しかもこれってグリーン女史から見たら、立場的になんて呼べば良いんだって段階で悩む奴だ。
故にボクは口に出す。
「アセナも何時も一緒に居れば良いのに」
「アタシは色々仕事がねえ……ん?」
彼女がポリポリと頭を掻く。
と、そこでチラチラとグリーン女史が、銀行での時のようにボクを見ているのが見えた。
そういえば、次期領主ってバラしてないから、此処までアセナと親しいのは怪しいか。
なので彼女に言っておこう。
「えっと、グリーンさん。
ボクはエミリー先生の関係で、アセナの新聞社によく行くんです。
新聞売りの仕事の代わりに、新聞を読んで勉強する学習法を取り入れていましてね」
「……そう」
嘘は言ってない。
少し訝し気でありながら、取り敢えず納得してくれたようだ。
今、アズマに害をもたらす立場って知られるのは危ういものである。
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