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475 ともだち100人できるかな

「うっ、うっ……ありがとう……ございます」


 グリーン女史は感動で涙を流していた。

 唇にグッと力を入れて、化粧が崩れたグシャグシャの顔になる。


 それは娼婦の顔ではなかった。

 男を誘惑するなんて出来ない顔なのだから。

 しかし誰が彼女を醜いと言えるだろうか

 誰が「年甲斐もなく」なんて言えるだろうか。


 『味方が居る』という事実を素直に受け止められた人間は、自覚以上に嬉しくなるものなのである。

 今の状況に気付き、彼女は両手で顔を覆ったので素早くアルコールで湿ったハンカチを渡しておいた。

 なんでこんな物を持っているのかといえば、ハンナさんが双眼鏡の時と同じように、家を出る時に「役に立つ気がする」と渡してくれたのだ。

 ハンナさんの勘は凄いなあ。


「しかし、だ」


 何かを思い出したかのように、ベアトリス女史は口を開く。

 唇は赤くて艶やかで、獲物を逃さない蛇を思わせた。

 その視線が捉えるのはアズマである。


「殺人鬼対策のレコードで満足しないんだね。

あれは鳴らす前に破壊されれば意味がない。そして目立つ。

襲われる度に携帯蓄音機が破壊されるなら、需要があるとは思わんのかね」


 それって自分のギルド員がやられるって意味なのだけどな。

 さっきまで「部下を守ってやる」とか言っていた人の台詞かい。

 まあ、本音で無いのは透けて見えるので大袈裟に反応する事でもない。

 普通の貴族らしい、本音の前振りだ。


「まるで、切り裂きジャック騒動がそろそろ終わると思っているように見えるね」

「ああ、近い内に終わるだろう」


 牽制の言葉を鼓膜に当てられたアズマは、ポーカーフェイスを崩さなかった。

 読心術は『正』と言っている。


「根拠は?」

「侯爵家と風俗ギルドが手を組めば、裏組織は追い詰められる事になる。

数も質も違う」


 読心術は『正』と言っている。


「それじゃお前が数を把握している事になるんじゃないか?正直に」

「……勘だ」


 彼は全く表情を変えない。

 読心術は『嘘』と言っている。

 何か知っている事を隠している。


「ふうん、そうか……。まあ良いか」


 ベアトリス女史はつまらなそうに、そして納得していない心持を以て背もたれに体重を預けたのだった。

 ボクもどうかと思ったが回答はグレーゾーンだったので、敢えてノータッチでいこうと思う。

 はじめて会った日、偽物工場について話していた時にこんな会話をしたのだから。



──もしかしてアズマ。君ってその裏組織に属していたりする?

──いや、別に



 『裏組織の実像を知っている事』と『二勢力の同盟関係を崩そうとしている事』はイコールで結べない。

 しかし、『裏組織の実像を知っている事』と『「いや、別に」と回答する事』は、所属していない事にイコールで結べる。

 故に此処で疑って重箱の隅を突き手間を増やす事は、能力に振り回されているに過ぎない行為だ。

 根拠が読心術である以上、ボクも自分の決定を信用したいのだ。


 そしてベアトリス女史がパンパンと手を叩いて、黒服に合図を送る。


「じゃ、グリーン達はそういう段取りでよろしく。

取り敢えずは工場を綺麗にするところからはじめようか」


 言うと黒服が持ってきた黒いトランクが、机の上に置かれた。

 開けると、そこには大量の銀貨が入っている。


「コレ、グリーンの借金分な。

この金を工場のゴロツキのケツの穴にでも突っ込んどいてくれ。

風俗ギルドは携帯蓄音機を引き取り、この金を投資する名目になっているから綺麗な金だ。名義は風俗ギルドなので、税金や借金も心配しなくて良い」


 グリーン女史は、見慣れない大量の金にギョッとした。

 しかし此処で引いては恩義に応える事は出来ない。

 青い顔をしつつ、携帯蓄音機と銀貨でいっぱいのトランクを交換したのだった。


 一方でエミリー先生がのんびりと呟く。


「なんか金剛貨で引き出したお金の使い道無くなっちゃったなあ。

どうしよう、新しいナイトクラブでもひとつ作ろうか?」


 そこでアセナが口を開いた。


「あ、それならウチに回してくれ。最近物入りでね」

「ん~……アセナは、そういえばそうか。りょ~かい」


 エミリー先生は何か思い至る物があるらしく、納得した。

 最近アセナがボクの所に顔を出さなかった事に関係あるのだろうか。

 ちょっと気になるな。


 かくして風俗ギルドでの契約手続きは終わる。

 結論として、ゾロゾロと『見送り』の怖い黒服の人達を引き連れて工場へ戻る事になる。

 代表が戻らない事で察せるとはいえ、やっぱ怖い人達の数と厳つさで威圧感を与える事は大切なんだそうだ。

 後は、工場の『お掃除』とか。


 アセナも付いていってくれるらしく、シャルは喜んでいた。

 そのまま元気いっぱいで手を振り上げる。かわいい。


「それじゃ皆で行くのじゃ、エイエイオー!なのじゃ」

「「えいえいおー」」

「うむ、ナイスノリなのじゃお兄様にエミリー先生」


 シャルに合わせて握りこぶしを掲げた。

 他ならぬ妹様の号令だからね。そりゃ従うさ。


 出来れば周りの黒服達とか、ルパ族の皆にもやって欲しかったが、そこは別々のグループに属するので仕方がない。

 そう思っていると声が上がる。


「「エイエイオー、ほら、お前達もやるんだよ」」

「「「あ、はい。エイエイオー」」」


 ベアトリス女史とアセナの、二つの頭がシャルに合わせてくれた。

 低い声でノリも無いが、それでも下心はなく皆で同じことをやってくれる。

 嗚呼、異なる集団が一致団結するって良いなあ。


 果たして利権だけで固まった裏組織に、これは出来るものか。

 直接彼等に投げかけたいものだ。


 こうしてボク達は、ギルド長室を後にしたのだった。

読んで頂きありがとう御座います。


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