473 防犯ブザー
「人員は風俗ギルドから出す。給料はそちらで決めてくれ。
ウチは武器工やら学園都市卒業やらが沢山居るから、人員の質は心配しなくて良い」
開口一番。
ベアトリス女史が出した提案は、グリーン女史が失ったものを差し引いてお釣りが来るものだった。
グリーン女史は、過剰な待遇にグルグルと目を回す。
レアな表情だなあ。
「え、ええと……」
「ああ、ゴロツキ達の賃金はウチがどうにかするから問題ないぞ」
「いや、それも含めてとても有難いお話なのですが、何故、そのような処置を?」
彼女はあからさまに警戒していた。
うまい話し過ぎなのと、詐欺にあったばかりなので、当然だろう。
ベアトリス女史は苦笑いを浮かべた。
「そういう反応すると思ったよ。私もよく見て来た流れだしね。
只、今回は携帯蓄音機がウチに必要な物になったんだ」
「必要、ですか?」
「そうそう。ちょっとアレ持ってきてよ」
「ヘイ、姐さん」
近くの男が部屋の隅に歩く。
そこにあるのは大きなラッパの蓄音機。
取り出すのは一枚のレコードディスクだった。
それを渡されたベアトリス女史は、両手の指で挟んで持つ。
その手付きはどこか艶やかであった。
「切り裂きジャックを形作る虫を倒す為の怪電波を発するレコードディスク。
劇場での襲撃から、エミリーに注文して作らせた物だ。
流石に媒体が市販の蓄音機だから本物程の威力は出ないけれど、それでも動きを鈍らせる事は出来る。
結果は『見ての通り』さ」
足元に視線を移せば、潰れてバラバラになった沢山の切り裂きジャック達。
そういえば来る事が解っているだけじゃ、部屋はこんな惨状にはならないね。
風俗街のあちこちに現れて攪乱作戦を取りつつ、ギルド長室に一気に詰めかけたってところかな。
ただしベアトリス女史は、狭い場所でも戦える精鋭を控えさせていた訳だが。
此処で気になる事が一つ。
学校よろしく手を上げる。
「ちょっと質問良いですか?」
「駄目だ」
「じゃあ勝手に言いますね。
先生の怪音波って人間にも効くんじゃないですか?」
「良い性格しているな。まあ、そこらは問題ない。
実戦での研究データから虫の音域に大きく波長を寄せる事に成功したのと、再生する機器が貧弱なのもあって黒板を引っ掻く位の不快な音程度に抑えられた」
倒れるよりはマシだけど微妙に嫌な感じか。
前もって知っているなら戦えるって範囲だな。
それにしても、勝手に言っても答えてくれるらしい。
ベアトリス女史は微笑みながら頷き、再びグリーン女史との会話に戻る。
「で、もう解っていると思うけれど、携帯蓄音機を一人ずつ持たせて切り裂きジャックに対抗する為の兵器とする。
確かに重いけれど、たかがトランク一つ。
女の子以下の腕力の超モヤシでない限りは十分だ」
アズマがちょっと反応した。
普段言われている分には無反応。
けれど黒板を引っ掻く音のくだりの通り、準備が出来てない攻撃だとダメージは大きいらしい。
グリーン女史が納得し、頷こうとした時。
そんな貧弱マンのアズマが口を開く。
力強い声であった。
「ちょっと待った」
「ん、部外者が何の用だい」
そう言うベアトリス女史からは、言葉とは裏腹に「楽しくなってきた」という気持ちが読み取れた。
そりゃそうだ。
本当に部外者だと思うのなら、無視して部屋の外にでも出してしまえばいい。
「先ず俺は部外者ではない。共同開発者だ。
携帯蓄音機に関してのみ立場は平等であり、商品の売買に口を挟む権利がある」
「なんだい、共同開発者なんて意気地なしだねえ」
「は?」
「いや、こっちの話。後で馬にでも蹴られとけって思っただけ。
で、その共同開発者さんは何を言いたいんだい。イオリが暫く舞台に出ない分の新曲でも歌ってくれるのかい」
「そうではない」
指差した先は、グリーン女史が机の上に置いた携帯蓄音機だった。
「この買取は切り裂きジャック騒動が終わった後も続けてくれるのかという話だ」
その台詞に目を真ん丸にしたのはグリーン女史。
思わず椅子から立ち上がる。
「ちょっとアンタ、ギルド長になんて事を言うんだい!」
「黙っておけ。営業を行う上で世間の体裁に敏感になるのは人の性であるが、誰でも疑ってかかるのが悪党の在り方だ。
俺は一人の悪党として、お前の味方を信用する訳にはいかないのだ」
アズマは大きく荒げた声を突っぱねて話を続ける。
『いちゃもん』を付けられた筈のベアトリス女史は口を挟むでなく、にやにやとしていた。
そりゃそうだ。
これはアズマがグリーン女史の事を思ってやっているのだから。
本当に悪党なら無視してしまえば良い。
「今回入った取引は、あくまでイオリの人気あっての物だし、イオリが入院中の今はその熱を保てる可能性は非常に低い。
つまり安定した売り上げは見込めないという事だ。
今回も一時的に納品したとして、その後は無用の長物で終わるかも知れん」
「アッハッハ、言ってくれるじゃないの」
今にも腹を抱えて寝転がんと椅子にもたれるベアトリス女史。
彼女に対して、アズマはギラギラとした視線を向ける。
「重要なのは『安心』なのだ。
その場しのぎでは、グリーンの心の薬にならない。
コイツの病は俺の身体と違って直るものだが、薬を間違えれば取り返しのつかない物になる」
「ほほう?で、それはなんという薬だい」
「決まっている。『幸せ』という名の薬だ。
明日もより良い物であると信じられる、未来へ進む為の力だ!」
明日の命も定かでない。
言われるままに悪逆の限りを尽くしてきた。
そんな過去を持つ男の台詞だった。
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