472 本音と建前とでっち上げ
経緯は察せる。
ボク達とグリーン女史を引き合わせたのがベアトリス女史だ。
襲撃を予測していた彼女が、アセナに連絡を取ってルパ族と協力体制を作り返り討ちにしたのだ。
特に彼女の故郷は、兄弟達で戦国時代をしている蟲毒だしね。
切り裂きジャックはフレームと頭部を合体前に破壊すれば成立しない。
故に配管や下水の近くに獣人を張り込ませて、被害が出る前に叩けば良い。
なんせルパ族は魔力の個々の違いを探知するレーダーとして使われてきた実績があるのだからね。
しかし、だ。
懸念を体現したかのように、クイッとシャルがボクの腕を引っ張ってきた。
彼女は小声で話す。
「ルパ族って、お義父様の配下じゃよな?
まだ契約を結ぶ前に手を組むとか良いのかの?」
「だよねえ。ぶっちゃけ契約を結ぼうっていう計画すら、エミリー先生のアドリブだし」
ルパ族も風俗ギルドと同じく父上傘下の組織っていう繋がりとかそんな感じ?
いや、それだけなら理由が弱いな。
ヒソヒソと片隅で憶測を投げ合っていると、ベアトリス女史が語り出す。
「グリーン、久しぶりだね」
「あ、ハイッ!この度は多大なご迷惑をおかけしました!」
シャンと背筋を伸ばし、大袈裟なまでに礼を取る。
同じ風俗ギルド所属といっても、地方の平社員と本社の社長くらいの立場の違いだからこうなるのも当然か。
その場合父上は会長という事になるが、顔も知らないんだろうなあ。
本社のメンバーとあまり会わないので、実際に会うと緊張するのは、地方営業あるあるである。
ベアトリス女史はクイと口角を上げて肩の力を抜いてみせた。
「いい、いい。まあ、楽にしてくれ。
ちょっと汚れているけど、まあ座りなよ」
戦闘痕でグチャグチャになったギルド長室。
ルパ族とは別口で人間だが、マッチョに黒スーツにサングラスという、コテコテな武闘派行構成員の人達が大きなソファーを運んできて、グリーン女史を座らせてくれた。
同じく重そうなガラスの机も軽々と運んできて、目の前に置かれるとお茶と焼き菓子が用意される。
早過ぎる展開にどうしたらいいのかと、あたふたしているグリーン女史に、ベアトリス女史は執務机から話しかけた。
「さて。端的に言えば、切り裂きジャックの大群がさっき攻めて来たから反撃した。
あんたがスポンサーの作業員を呼び込んだ辺りで、こういう状況になるのは解っていたから、予め兵隊を集めさせて貰った。
利用するような真似をして悪かったね」
「あ、いえ……あの状況なら私も言う事聞かなかったと思うので。
しかし、なんでルパ族達が?」
ルパ族も一般に知られる程度にはなったらしい。
アセナの人気もあるけれど、最近の宣伝も大きいかもなあ。
新聞の広告欄に載っているのだ。
融和政策は公共事業なので、領主がスポンサーの新聞に載っていても私利私欲ではない。
そういう訳で今まで閉鎖的だったルパ族も、騎馬民族キャンプ体験とかサウナ小屋とかのキャンペーンで、観光業の一環で敷地内に人を入れるようになってきたのである。
「実は、族長のアセナとは繋がりがあってね。
それで、どうにか協力体制を作れないかと打ち合わせは前からしていたんだ。
ただ、ちょっと『政治的な事情』から難しくってなあ」
「はあ……」
確かに、パブでアセナと喋っていたね。
でも、大した付き合いじゃ無かったよね。
前々からみたいな言い方をしているけれど、あれが初対面だろうとツッコミを入れるは野暮な話なのだろう。
政治的な事情も、ギルド内の事情じゃないかと言いたくなるのは、ボクが領主側の人間だからだろうか。
「ただ、グリーンが『ソイツ』を連れてきてくれたお陰で事情は変わった」
言って、連行されて来た作業員代表を指差す。
「ソイツはウチ襲撃の実行犯だ。
デカい犯罪組織と繋がりあって、お前の工場への嫌がらせを囮にギルド長暗殺を企んだ」
「え?」
「そうだよね。そんな気がしない?なんかそれっぽい顔してるし」
「あ、はい。そうですね」
グリーン女史の工場に嫌がらせをしていただけの、現場管理職な末端構成員の彼は、ベアトリス女史の中でギルド襲撃の実行犯にランクアップしたらしい。
「で、それに気付いたアンタは私に協力を求めた。
私が調べてみたところ、なんとソイツは領主暗殺まで考えていた。
だから領主は配下であるルパ族を貸し出して、協力体制を作る事にした。
そうだよね、お前たち」
黒服の構成員は二言返事で相槌を打つ。
「はい、ギルド長様の仰る通りです
今やって来た作業員代表は魔王もドン引きする極悪人です」
そういうシナリオでいくのか。
ギルド襲撃の実行犯は、領主暗殺を企むテロリストにランクアップしたらしい。
雪だるま式に重要度が上がっているな。
末端だから大して組織と繋がりはないだろうが、そうやって軽い因縁からはじまり骨の髄までしゃぶりつくすのがヤクザ屋さんというものだから致し方なし。
ドンマイだ。
覚悟も無いのにバイト気分で犯罪に手を染めるもんじゃないね。
まあ、ボクとしてはこれから契約書を作るに当たり、理由が強いに越したことはないから良いけれど。
ベアトリス女史はフウと息を吐き、椅子の背もたれに体重を寄せた。
「まあ、事後承認って形で皆には納得して貰っている」
「は?」
「ん~、こっちの話さ」
「……?」
グリーン女史はキョトンとしたが、ボクには伝わった。
そしてボクに伝えるつもりで言った『独り言』なので問題はない。
父上は切り裂きジャックの依頼、ベアトリス女史はアズマの依頼を、それぞれボクに渡していた。
その共通点は『裏組織』である。
つまり、だ。
今回ギルド側の視点として、侯爵家と風俗ギルドの協力に関する何らかの切っ掛けを持って来るのは予想できたのだ。
そして工場に作業員が集まりはじめた辺りから、手紙かなんかでルパ族を派遣するように父上と裏取引をしていた訳か。
表向きのアセナは只の『新聞屋さん』だしね。
これはボク達が動かなくても、暗部辺りが適当な作業員を犯人にでっち上げていた展開だろうなあ。
『事後承認』とは、まだ契約書は作られていないがこれから証人が『作られる』ので、手を結ぶ理由には十分であるという意味なのだから。
そんな貴族らしい事を考えていると、ベアトリス女史が別の話を切り出す。
「では、グリーンがこれから解雇する作業員達の補填の話に入ろうか」
読んで頂きありがとう御座います。
宜しければ下の評価欄をポチリとお願いします。励みになります。