47 水鏡
「どうにかなるかも」
そう言って立ち止まったボク。
シャルは首を傾げ、キョトンと此方を見ていた。
「どうにか、とな?」
「ああ。先ずはコレを見てくれ」
ボクが指差した先にはシャルが大切そうに持つ小銭入れの袋……その中に入り切れなくて、花弁が飛び出すミカガミ草があった。
彼女は己の眼前まで持ち上げて様々な角度から眺めるものの、パッと浮かばないのか相変わらずキョトンとしたままだ。
そうしてボクの方を見る。
考えて分からないなら、正直に頼るのは好感が持てた。
「見たのじゃ!」
「うん、良い返事だ。さて、ミカガミ草が生えているという事は何が考えられるかな?」
「はあ……。
種がそこにある事……そして、生えている所は魔力溜まりになっているという事くらいかの。
それが、なんかあるのかや?」
そう。此処は庭園や水辺でも無いに関わらず、ミカガミ草が生えている。
と、いう事は魔力を使い続ける区画という事だ。
実のところ錬気術の発達によってそういった『工場』は大量に増えたのだが、どう見ても此処は工場区域には見えない。
と、いう事は此処は前時代においても魔力を大量に使う数少ない区画である。
そういった場所で思い付くのは一つ。
「此処が、前時代からの錬金術士街って事さ。
錬金術士なら実験で幾らでも魔力を使うし、同様にミカガミ草も使うから種があってもおかしくない」
頭の中で何かが解けた感触と同時に、手を広げる。
背中全体に浴びる日光が気持ちいい。
"クルリ"
もしも効果音があるならそんな感じでボクは身体を回し、シャルへ背中を向けてゆっくり歩く。
とはいえ歩けども歩けども真理の探究とは程遠い、小汚い景色。
「ここは恐らく裏通りだから気付かなかったんだろうね。
錬金術士の雰囲気なんて慣れたものだと思っていたけど、実際に奥に行くと分からないものだ。
アッハッハ!」
衝動的にボクは笑った。
続いて笑いながら考えを巡らす。
今、ボクは確かに未知を冒険しているのだと、我が家の領内だというのに大冒険をしていた訳だ。
これが笑わずにいられるか。
「アーッハッハッハ!」
「お、お兄様……だ、大丈夫なのじゃ?」
恐るおそる近寄るシャル。
「ああ。ごめんねシャル、置いてけぼりにしちゃって。ボクは大丈夫」
ボクは片手で優しく肩を抱き寄せる。
「う、ううん。妾は大丈夫なのじゃ。
それで、此処が錬金術士街だとなんかあるのかや」
「ああ。此処は最もこの領土で有名な錬金術士……。エミリー先生の住んでいる区画なんだよ!」
抱き寄せていないもう片腕を煽げば、風景が目の前で薙がれた。
何も変わっていないのに煌びやかな風景に見えるのは不思議なものだ。
「エミリー先生……エミリー先生……ああ、成る程。
確かにあの格好は一度見たら忘れられんの」
シャルが上を向いて色々考えていた。
きっと黒ドレスや羽飾り等、そして強調された胸元といった艶やかな普段着を思い出しているのだろう。
「そうさ。
だから近くを通り掛かった人に片っ端からエミリーの家を聞いていけば、絶対にぶつかる筈さ。確か聞いた話では屋台なんかじゃなくて、立派な錬金術店を経営しているって聞いたね」
「おおっ!そう考えると未来が明るくなってきたの。よしっ、行こうぞ!
で、お兄様。声をかけるならどんな人が良いのじゃ?」
「んっん~。やっぱり、なんだかんだで危なくない人……つまるところ、既に会った人が良いかな」
「ああ、妾に糸を売ってくれた店番の様な」
「そうそう。そんな感じ」
そう思い、駆け出した矢先の事だった。
「……なあ、お兄様。あの人はスルーしちゃいかんのか?」
「う~ん。敵意は感じないんだけどねえ」
人には出会った。
既に会った人でもあった。
しかしシャルがボクの腰に抱き付いて、苦虫を噛み潰したような表情の切っ先に立つその恰好は、あまりにも怪しすぎた。
「ウヒッ。ウヒヒヒヒヒ……。まぁた会いましたねぇ、坊ちゃん」
ボロボロのローブを身に纏う、フードで顔を見せない男性。
男性らしい声を無理に高くして、喋る時に爬虫類を思わせるように長い舌を出している仕草が余計に気味悪さを演出していた。
それでも放たれる視線に混ざる刺さるような感情が、只者でないと思わせる。
だからこそボクはこの人を選んだ。
少なくとも敵ではないし、この人を逃したら次の人に何時会えるか分からない。
ボクはさっさとシャルを安心させたいのだ。
「あ、ああ……。また会ったね。それで、ちょっと『コレ』で聞きたい事があるんだ」
ボクは自身の財布に手をやって、小銀貨を一枚取り出す。
この辺りの住人ならこれくらいが妥当だろう。
実は金貨も持っているが、見せてしまうと価値に目が眩む場合が多いとハンナさんに習った。
「これを依頼料として錬金術士のエミリー・フォン・メリクリウスの店まで案内してほしい」
「あらあら坊ちゃん、太っ腹だ。良いですとも、良いですとも。
ただ、気を付けた方が良いですよ?」
有難そうにペコペコと何度も会釈する男は最後にそう言い残し、自分の手を見せる。
そこには、先程までボクが持っていた金貨なども入った財布があった。
「こんな所で財布は出すものじゃありませんからねえ」
言って男はボクの手元に財布を返して、小銀貨一枚だけを受け取る。
ボクは財布の中身をスられていないか確認し、直ぐに自分のポケットへ入れた。
何時の間に……。
やはり油断ならない男である。
読んで頂きありがとう御座います




