469 明日がある
作業員達の代表は軽薄に無責任な言葉を放ってくる。
わざとらしく手を広げる。
「ワタシとしましては上から仕事を請け負った手前、作業に取り掛かりたいのですがね。
ただ、このボイコットは集団意識ですから。
契約通りのお賃金を頂ければどうにかなるとは思うのですがねえ」
ニヤニヤ。
彼の背後で、作業員達は嫌な笑いで此方を見ていた。
グリーン女史がぐぬぬと悔しそうな顔をして、シャルが「助けてあげて」とボクを見る。
なので正直な感想で答えた。
「正直にお金を払っても、変わらないだろうねえ」
「どうしてなのじゃ?」
「彼等は代表からボイコットするよう指示を受けているが、そのやり方までは問われていないからさ。
此処で払ったとしても彼等の『臨時収入』になるだけだし、上に報告しても知らんぷりさ」
「よく分かるの」
「ゴロツキへの指示なんて何処も雑なもんさ」
使い捨て要因のゴロツキに、そんな信用は無い。
そもそも目先しか見てない彼等には、細かい事情を理解する頭も意欲もない。
「ほへ~……うむ?」
シャルは感心している途中、何かに気付いたようだ。
故に言葉を繋げた。
「けれどエミリー先生を介してウチが権力を行使するなら、そうも言ってられんのでは?」
「おお、鋭いね。その通りさ。
でも、所詮大した権限の無い下っ端の集まり。
そんな広い視点で物事を見てないし、権力関係は上任せ。つまりは開き直っているんだね」
11歳の女の子以下の判断力という事だ。
ミスをしても誰かが尻ぬぐいをしてくれる組織での行動に慣れ過ぎると、行動が雑になるのだ。
そして責任が自分達に返ってこようにも、それでも構わないと考えるようになる。
自分自身への扱いも雑なのだから。
エミリー先生は「そうか」と溜息を付いて、グリーン女史に目をやる。
「さっきも言った通り、私ってアズマに泣きつかれて来た訳ね。
つまり、本来ならこれ以上関わる必要性はない訳だ。
でも助けるって決めた手前、グリーン……君の判断には従おうと思う。
だからさ、ちょっと『君達』で話し合って欲しい」
言って彼女は、アズマの背中を押して歩かせて、喧嘩したカップルの二人を向かい合うよう立たせたのだった。
「「……」」
これまで合わせようとしなかった目が一瞬だけ合うが、見えない油でも塗っているかのように逸らしてしまう。
けれどアズマは葛藤という摩擦を以て、再びグリーン女史に向かい合った。
彼女は自分を見ていないが、それでも言葉位は聞かれるように努力をする。
「なあ、グリーン……悪かったよ。
必要な物はみんな俺が用意した。だから、やり直そう。
今のままじゃ破滅しかない」
用意するのは殆どエミリー先生なんですがね。
しかも金銭だけでは解決できないので、そこらの案出しも先生に丸投げである。
とはいえボクは空気を読める子供なので、言わないようにしておく。
代わりにシャルをナデナデしておこう。
エミリー先生が事あるごとにボクを抱くのも、きっとこんな気分。
グリーン女史はバツの悪い顔。
しかし、アズマに向き合って目を合わせた。
「そう……でも、解っているよね。
その破滅上等の『意地』があったから、才能無しの私が此処までやってこれたんだ。
意地の為には身体を売るし、意地の為に壁にぶつかっても諦めない」
ボクがはじめて彼女に会った時、真っすぐで気の強い人と思っていた。
そんな彼女の目尻に今、涙が浮かんで水玉を作っている。
と、ここまで考え、『だからこそ』なのかもと思い至る。
真っ直ぐで硬いから、折れる時は盛大だ。
頭だと、アズマとの関係を元通りにした方が良いと解っているが、意地が邪魔をする。
そう思いたい。
だって彼女は明日が見える程に頭が良いのだから。
大きく口を開けて、彼女は腹の底から声を出した。
「私の私たる物を捨てて、これからどうしろってんだ!
責任取れるのかよ!」
もはや周囲の反応関係なし。
単なる痴話喧嘩とニヤニヤ見ていた作業員達も、『本物』を前にどうして良いか分からない反応になってくる。
重い物を正面からぶつけられたアズマだが、相変わらずの無表情であった。
しかし読心術は、彼の『覚悟』をボクに伝える。
静かで熱く。
彼の遺伝子異常による赤い目が、まるで炎のようだった。
「……知っての通り、俺は長くは生きられない」
彼はその細い腕で、ギュっと力強くグリーン女史を抱き締めていた。
一語一句がよく聞こえるよう、そのまま顔を耳元へ近付ける。
「故に俺が長く関わる人間は、『一生』の付き合いになると思っている。
俺の最期を看取るのかも知れないのだからな。
俺は、お前に残された自分の人生を賭けているんだ」
顔を離す。
グリーン女史の肩を両手で握ったまま、覚悟を口で伝える。
それを人は『愛の告白』とも呼ぶ。
「はじめて会ったあの日から、俺の残された時間はお前に渡しているつもりだ。
俺の人生を以て責任としよう」
そして再び抱きしめた。
何処か恥ずかしそうに、今までと違ってやや早口で喋る。
「お前は凄い奴だ。
俺は才能があったが、その立場に甘んじていたのを自覚している。
居場所を与えられた事はあっても、自らの選択で居場所を得ようとしたのはお前が初めてだ。
無謀に見えるお前の好意を人は笑ってきたが、俺にとっては太陽のように輝かしい物だった。
だから、信じてくれ……」
彼の腕の力は強くなる。
グリーン女史はそんな手を柔らかく掴み、彼の身に寄り添って体重を委ね合った。
「そう……アンタも苦労していたんだね。
疑ってゴメン。信じるよ」
熱い思いは、心の氷を溶かしてみせた。
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