465 「ちょっと当たりが強くない?」「だって敵だし」
銀行ロビーは、山高帽やシルクハットを被り、飾り気ある杖を持った紳士諸君がざわめいていた。
順番待ちをしている者達は、所々に置かれた赤いソファに座っている。
一昔前はベンチといえば木材に革を貼っただけの物だったが、此処では全てにフワフワのクッション材が入っているのだから豊かな世の中になったものだ。
そんなソファに、ボク達も座っていた。
先程金剛貨を提出し、後は鑑定待ちなのだ。
シャンデリアに照らされたボク達は、何気ない会話をしていた。
ボクが語り掛けるは、アズマに対してである。
「そういえば『裏組織』に居るのが君の同僚であるなら、目的も同じという事だね」
「……」
無言。
なんだ、恥ずかしがらなくたって良いじゃないか。
コミュ障のボクが言う事でもないが。
背もたれで頬杖を付いたエミリー先生が苦笑いを浮かべている。
「アダマス君、Sっ気漂っているなあ。ぶっちゃけ楽しんでいるでしょ」
「いえす・いてぃーず」
「正直でよろしい」
ボクがここまで饒舌になるのは、そんな理由。
ほら、貴族って本質はヤクザ屋さんだし多少はね。
無言で知らぬ存ぜぬを貫き通そうとしているが、バレバレなのを突くってついついエンジンが掛かってしまう。
あ~、コイツ泣かないかな~。
「でね、ヤクモが指示を出している内容といえば『現地技術を求めている』としか考えられないんだ」
あの時は泣かされてはぐらされたけど、言っている事を分析すればそうなる。
「なんか使えそうな技術を持ってきてよ」と、適当に言ってのけたのが手に取るように見えるのだ。
と、なれば取られる手段は現地の技術者を直接連れて来る事。
ただ、ヤクモが満足する水準を見つけ出せるかは別の話。
そんな人物は貴族に囲われているだろう。
「だから、君は『育てる』事にしたんじゃないかな。
技術者として見込みがある人物をね。
恥ずかしい事に、ウチでは女性軽視の風習があるので女性技術者に目を付けたのは良い判断だったと思う」
「……違う」
ポツリと一言。
読心術は『嘘』と読む。
ホントにコイツ、悪の組織に向いてないなあ。
同じことを思ったのだろう。
シャルが畳みかける一言を浴びせる。
「寿命が短いのに育てるなんてよくやるの」
「うぐっ」
ボクと違って純粋な本音だからなのか、アズマの感情を揺さぶるに十分な一言だったらしい。
ぶっちゃけグリーン女史、秀才ではあるけど天才ではない。
ヤクモが満足する水準になる前に、残り時間は持つのか。甚だ疑問である。
ボクは首で回り込み覗き込むように、彼を横から見ていた。
「じと~」
モゴモゴと気まずそうに口を動かし、そして口を空ければ舌が動く。
「はじめはキープのつもりで近付いたんだ。
アイデアに困っていたようだし、俺も拠点が欲しかったしな」
「「「ほうほう」」」
ボクもシャルもエミリー先生も、彼の言葉に様々な感情を込めて相槌する。
しかし嫌な感情出ないのは確かだ。
ホラホラ、さっさとゲロッちまいな。
アズマは視線を上にやって、なんとか目を合わせないよう努力しているのが見て取れた。
「でもな、どうしても放っておけなくなってきたんだ。
真面目だからか、それとも『女』だからか。
芽吹くかも知れないという希望が俺の心にあり続けて、放っておくと後悔する気がしたんだ」
「「「ほうほう」」」
もう完全にノロケじゃないか。
それが恋ってやつだよ。
エミリー先生が苦虫を噛み潰したような顔で、正直な感想を語る。
「もう、悪の組織なんかやめて街の機械技士やった方が良いよ。
残りの人生、そっちの方が幸せだよ?」
「いやいや、俺だって若に恩義がある」
『若』っていうのはヤクモの事だな。
組織の『若頭』って意味なんだっけか。
「ええ~、やめときなって。あんなヤツに恩義を持ったところで、良い事なんか一つもないから。実際に酷い目にあった私が保証するよ」
しかしそこまで言ったエミリー先生は、スンと表情を戻した。
「まあ、それで辞めてくれたら私も苦労しないんだけどね」
「世話をかけるな」
「ホントだよ。いっそ死んでくれって感じ」
「もう少し待て。そこまで長くない筈だ」
「ハイハイ」
そんな軽口の叩き合い。
これは友情といえるのではないだろうか。
きっと直接言ったら全力で否定するだろうから、心の隅に留めておこう。
さて、本題だ。
「裏組織に居るのがアズマの同僚だとしたら、向こうは、グリーン女史を横から搔っ攫っていこうとしているのではないかと思うんだよね」
聞いた彼の瞳は鋭かった。
そこに攻撃性がないのは、ボクのはじめの一言で予想がついていたからだと思われる。
アズマは頭が良いのだから、これくらいは読めるだろう。
「……まあ、当たらずとも遠からずと言ったところだ」
曖昧な返事であるが、まあ良い。
つまり、その通りなのだから。
「ていうか、ボクが君の立場なら真っ先にそうする。
自分の技術を既存の組織に売り込み、まだ見ぬ天才を集める仕組みを作ろうと思うな。
そういう意味では切り裂きジャックの方が賢いよ」
なんでまた、はじめから組織に属そうとせず、掘り出し物を探すかのように工業区をふらついて育てようなんて思ったんだか。
まあ、彼が何者か考えて見れば、なんとなく分からなくもない。
彼は本来、廃棄される筈だった人間だったのだから。
そんな人間が死期近い時期に、『自由』を与えられたらどんな行動をとるか。
使命と人情の間で揺れ動くんじゃないかなあ。
物語でも悪の親玉が最期に良い事して命を落とす場面とかあるし。
だからポツリと言葉で叩いておいた。
「君って結構熱血漢だよね」
「ほっとけ」
再び彼は、そっぽを向いた。
言葉の衝撃が思ったより強かったに違いない。
読んで頂きありがとう御座います。
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