462 大きなお友達
アズマは少しも悪びろうともしない。
少しくらい、自分は情けない人間だとか思って欲しい物だけれどね。
猫背ながらズンと此方を見て表情を変えなかった。
正直その姿勢、健康に悪いし、相手に威圧感を与えるし止めた方が良いと思うよ。
「で、今度はエミリー先生の店がヒモの新しい寄生先かい」
「いや。此処で働かされているから無職ではない」
「それは労働じゃなくて居候の義務じゃないかな……で、給料は?」
「店に暮らす権利と、その日の食事」
「やっぱ只のお手伝いじゃないか。で、作って貰えるのかい?」
「いや、此処で働く子供達と一緒に作っている」
「居候どころか単なる『大きな子供』じゃないか!」
ボクは思わず大きな声を上げてしまっていた。
因みに『大きな子供』とは、その通り大人を子供扱いしているという、咄嗟に思いついた造語である。
エミリー先生は現代では『異常なし』とされる、社会で暮らすには困難な子供達を拾ってきて、店で働かせている。
教育を施し、社会に適応させようとしていく訳だな。
目の前の元ヒモは、それと同じ条件で暮らしていたのだ。
子供の中で大人一人とか、図々しいとか以前によくメンタルもつな。
例えば若者だらけのアルバイトに一人だけおっさんとか、絶対気まずい。
少なくとも、元おっさんの異世界人はそう言っていた
尤も此処でやるには、更に大きな前提条件をクリアする必要がある。
その『条件』であるアズマの背後に居る先生に目をやった。
「エミリー先生、よくアズマをこの店に入れましたね。ボクの中は心配の竜巻がビュンビュンですよ」
「おや、その心配とは寝取られかな?それとも店の乗っ取り?
はたまた私が秘密裏にアズマを始末してしまう事かな?」
「ん、全部ですかね」
「ハハハこやつめ。可愛い事を言ってくれるね」
そう言って彼女はボクの額を人差し指で突く。
ニヤニヤと軽い態度。
けれど否定もしていない。
事実、読心術では割と暗殺は視野に入れていた事が読み取れた。
良かった、何時ものエミリー先生だ。
「まあ、友人が心配なのもあってね」
「グリーンさんの事ですか」
「そう。どうも彼女ね、はじめての大発注という事で、人手不足になったらしいのさ」
あのガランドウの工場で、あの数を捌こうとすればそうもなるか。
殆どは既成のパーツの流用とはいえ、新発明にはどうしても新しいパーツも要れば手工業でしか出来ない部分もある。
自前でやっていくしかないのだ。
「そこで腕を組んで偉そうにしているのは手伝わなかったので?」
「モヤシが資材の入った頭陀袋を運ぶのは無理だったらしい」
う~ん、無能。
まあ、彼はあくまで設計であって現場作業員ではない。
小さい工場だし、商品も一つ。
技術的なトラブルも、工場長であるグリーン女史が見れば良い段階にきている。
追い出しても『理屈の上』では問題はない。
「ていうか、人員は何処から引っ張ってきたのでしょうね。
『新発明』である事が売りの今は、産業スパイが入り易い集め方してもいけませんし」
雑用メイドとかは割とそんな感じでも良いんだけどね。
張り紙とか、雑誌の隅っことかに『メイド募集中。アットホームな職場です』なんて載っている。
急募!成金貴族のメイド。
今なら幹部職にもなれますが総員は1名です。
急募!田舎貴族のメイド。
全員に食料・服・住処を提供する代わりに給料はお小遣い並です。
尚、ウチみたいな大貴族は代々使用人として仕えている家臣とか、修業場での社会勉強でやってくる生徒が入って来るのでやらないもよう。
少し話が逸れた。
アズマが話を切り出す。
「人手はイオリが出す事になった。
機材も同様だな」
その一言により、ボクの頭の中にて様々な線が繋がり、ピリリとした絵が出来上がる。
謀略暗躍渦巻く、ドロドロの貴族社会では見慣れた絵だった。
「あ~……ガード甘いなあ。経営初めてだから仕方ないかも知れないけど」
「どういう事なのじゃ、お兄様」
「イオリ『が』スポンサーという事になっているが、実際にお金儲けをしているのはイオリ『の』スポンサーって事さ」
「うむむ……そうじゃのう」
聞いたシャルはクルリと視線を上にしつつ、顎に手を当てて考える。
考える事で眉の間に寄った皺に指を入れたくなったが止めておいた。
「あっ!スポンサーって、偽ブランドを作っているところじゃ」
「そうそう。考えられるのは『裏組織』とかいうドロドロな人達だね」
コロコロ変わる表情がかわいい。
ご褒美を上げたいので、頭をなでなで。
ついでにエミリー先生は、カウンターに用意してあるお菓子をシャルにあげていた。
考える事は一緒だなあ。
「あそこに沢山あった偽ブランド工場は、周辺の工場を飲み込んで大きくなった物だ。
先ず単純に考えれば、工場を乗っ取る事が考えられるね」
工場長を孤立させるとかね。
なんなら大発注の最中でボイコットを起こして、要求を押し通すのも良いだろう。
「『先ず』というのは、他にも考えられるんじゃの」
「ああ。そもそもあの工場は、グリーン女史が最近買った物だ。
それを今になって『乗っ取る』では因果が逆転している気がしてね」
あの工場に『箱』──不動産としての価値は無いと思うんだよなあ。
「だから考えられるのは、狙いはグリーン女史そのものになる。
よく聞く展開としては、出資させまくって借金漬けにして風俗堕ち」
「ふえっ!グリーンがお風呂に沈められる展開に!?」
因みに「お風呂に沈める」っていうのは「ソープ」に浸からせるっていう隠語ね。
我が妹様は耳年魔だなあ。
「元々風俗嬢だしそれもないと思うな」
「なら良かったのじゃ」
良いのかなあ、良いのかも。
特に関係は無いが、寝取られネタに対する最大の防御って「元々向こうがドン引きするようなプレイが好きだった」だとは思う。
「とはいえ、借金の返済方法はひとつじゃない。
なんせ犯罪組織の商売は基本的にスキマ産業なのだ。
二番街の雑多に絡み合った世界では沢山あるだろうね」
「どういうのがあるのじゃ?」
「マンションカジノ、麻薬クラブ……つまりは『民家に紛れた裏商売』だね」
この辺、結構摘発が難しいんだよなあ。
まるで切り裂きジャックみたいだ。
考えなしに建てた建物……ひいては法律の隙間からスルリと出て来る。
ともあれ、事実はボクの考えのもう一歩先にあると、後程解る事になるのだが。
読んで頂きありがとう御座います。
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