461 ヤバいヤツがやってきた
楽しい時間というのは最近の事に感じられるが、遠い昔にも思える。
ナイトクラブに行ってからそこまで日数は経っていない、ある日の錬金術士街。
相も変わらず動いたり光ったりキノコが生えていたり、おもちゃ箱をひっくり返したような奇天烈な建物ばかりである。
蒸気技術が一般に普及して工業区が出来上り、制度化された学問が旧時代の錬金術を駆逐していく。
そんな時代における、一部の生き残り達の錬金術士集団である。
面構えと言うかなんというか、色々感性がぶっ飛んだ『天才』の領域の世界だ。
そんな中にある、本人曰く『地味』な、メタリックな建物に近付く。
建物の二階には球体の金属球があって、その中は部屋になっている。
球体を支えている棒のような物が廊下になっているのだ。
「お兄様、二階のあの丸い部屋はなんなのかの?」
「アートらしいね」
「天才の考える事は難しいのう」
ほんとだよ。
数式を「美しい」という人の言うアートなので、恐らく蘭らかの意味はあるのだと思われるが、それを知るにはボクは凡庸過ぎた。
玄関の看板には、鍋をかき混ぜる魔女を模した飾りが付いていて『メリクリウス錬金術士店』と書かれていた。
エミリー先生の経営するお店だ。
売られているものは時代遅れのポーションな時もあれば、オヤツだったり玩具だったり。
実際、拾ってきた子供にレシピを渡して作らせてみたものが殆どで、儲けも大して無い。
それでも彼女は、その立場から通帳に自動的に入ってくるお金によって、店一つ養うくらいは問題ないのである。
「ちょりーっす、なのじゃ!」
「あ、シャルちゃんだ。ちょりーっす」
シャルがポーズを決めながら元気に入店すると、暇そうに店員をしていた女の子が同じポーズで返してくれた。
エミリー先生の店だと、シャルの仲良くなる力が本領を発揮する。
特段深い仲という訳では無いが、常連で年齢が近いというだけで、親友のような距離感になっている。
因みにボクは受付の彼女の名前すら知らない。
キャアキャアとガールズトークが弾み、一区切り付いたようなので話しかける。
「それで、例の件なのだけれど……」
「あっはっは、お兄さんがそれ言うと怪しい商売の取引みたいですね」
「否定はしないよ。なんなら混ざってみるかい」
「へっへっへ、良い品が入っていますぜ旦那様~」
「あ、妾もやるのじゃ!」
「良いよ、それではご一緒に」
「「へっへっへ、良い品が入っていますぜ旦那様~」なのじゃ」
女の子二人が、口端をニヤリと引上げ、揉み手ですり寄る演技をした。
領主の息子として『本物』を幾つも見ているので微笑ましい。
店番の子は店の奥に向かって大きな声を上げた。
「敵のおにーさん!シャルちゃんとお兄さんが来たー!」
「あー、こっちに来るように……うぐ!」
何気ない日常に謎の襲撃者が来たような返答が来ると、声の主がやってきた。
オーバーサイズのTシャツと、ゴム製スウェットというやる気のない恰好。
そして銀髪のキノコ頭は、間違いなくアズマである。
まごう事なき『敵のおにーさん』だ。
チョップでも喰らったのか、彼は頭をさすっていた。
「少しは病人を労わって欲しいものだ」
「敵にかける情けはないのでね」
彼の後ろからヌッと現れたのは、襲撃者の正体。
エミリー先生である。
なんと、先生の店に滞在している敵が、家主の先生の襲撃を受けたらしい。
いや、これは撃退で良いのか。だとしたら店の外に追い払うのが正解なのだろうか。
本題を聞いていないが、これは屋内での撃退の現象が起こる事は非常事態に該当する事であり……。
「う~ん」
「シャルちゃん、お兄さんはなにやっているの?」
「難しく考え過ぎていると思うのじゃ。お兄様は深読みする性格じゃからの」
「そっかー」
唸り声を四回ほど鳴らした頃に、やっと意味の無い事を考えている事に気付いた。
バカの考えは休むに似るというやつだな。
やはりボクはまだまだ頭が悪い。
そんな思考をぶった切って、シャルが話を進める。
なのでボクも波にノッておく。無駄な考えなんて捨てた方が良いね。
ハードボイルドに余計な過去はいらないのだ。
「さて、これが今回のクライアントじゃの」
「こないだやったハードボイルド探偵ごっこの影響だね」
「うむ、あれは楽しかったのじゃ」
ナイトクラブから帰った次の日に、婚約破棄の話をしていたら、何時の間にか婚約破棄されたお嬢様がハードボイルド系探偵になった……という遊びをする事になっていたのだ。
シャルが探偵で、ボクが助手。
その時に、ウチで一泊していたエミリー先生が敵役をやってくれたのだのである。
遊んでいる最中のシャルが、モデルガンの使い方が分からなくて、敵であるエミリー先生に直接聞くという場面が沢山あった物だ。
面白かった。
ともあれ。
今、目の前に居るのはごっこではなく、本物の敵である。
店番の女の子にも、そうあだ名を付けられているしね。
つまり、確かに敵ではあるが、警戒は薄いという事だ。
事情は前もって聞いていた。
ボクは手を組んで、呆れの溜息をついた。
「グリーンさんの工場、追い出されたんだって?」
「うむ」
彼は胸を張って言ったのだった。
元ヒモが偉そうにするんじゃないよ。
周りの女の子二人組は、見えぬ恋愛劇に黄色い声で空想のドロドロ劇を展開している。
婚約者の住居が敵の第二の寄生先にされるのも、十分ドロドロ展開だとは思うんだけどねえ。
読んで頂きありがとう御座います。
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