460 君を知りたいから
石畳の大通りを、外灯がボンヤリと照らす帰り道。
よく見ればヒビ割れていても交換していなかったり、別にモザイク模様でもないのに石畳の種類が所々で違っていたりするのが、なんとも二番街だなと感じた。
もしも一人で帰るのなら、なんとも陰鬱な気分になったのだろう。
けれどボクには、些細な怪我も楽しさに変えられる恋人たちが居る。
楽しさを共有する言葉というのは、偉大な発明だ。
まあ、好きでないヤツともやり取りをする必要があるから、ドッコイドッコイのプラマイゼロではあるが。
あ~、この世が好きな人達だけだったら良いのに。
「百面相してどうしたのじゃ、お兄様。アイスの食べ過ぎでお腹痛いのじゃ?」
「ああ、ごめんよ。
ヒビの入った石畳を見て、世界がシャルみたいな人間で溢れていたら争いは起こらないのになって思ってさ」
「哲学者の様な発想じゃの。
しかし妾は色んな人達が居た方が、一緒に遊ぶ時に楽しいと思うのじゃ。
ああ、一番はお兄様じゃぞ!」
ああ、良いなあ。それでこそシャルだよ。
ボクには無い発想だ。胸中で含み笑いを浮かべておこう。
そこでヒョイと、エミリー先生が口を出す。
「おやおや、それでは私とアセナは重要でないのかな?」
「あ、いやいや。先生とアセナも重要ですのじゃ!
お兄様とエミリー先生とアセナで、みんな一番なのじゃ!」
手の平をパタパタと広げ、顔を真っ赤にしながら焦っている。
ああ、良いなあ。それでこそシャルだよ。
先生も同じことを思っているのか「ごめんね」の一言と共に、頭を撫でていた。
撫でられてプウと頬袋を膨らませる様は、まるで頭に空気入れのスイッチでもあるかのようである。
プンプンなのだ。
道を歩きながら何気ない会話をする。
「結局、イオリってなんで襲われたんでしょうね。やはり『裏組織』の都合でしょうか」
「ん~、後二つは考えられるね」
二つもあるのか。
彼女は言葉を続けず、ニマニマしているだけだったので、生徒に問題を解かせる先生モードに入っているのが分かる。
故に少ない知識で、答えを捻り出してみた。
「ひとつは自作自演ですかね。
イオリが切り裂きジャックであるなら、自分の疑いの目を逸らす為に敢えて大怪我をしてみせた。
ただ、動けない程の重症になるのは、今後に支障が出るでしょうね」
「うんうん、その通りだ。
彼が『切り裂きジャック』の司令塔であるなら今後の事件の発生頻度にも影響が出るし、今回の件が追っている側にとってヒントになるケースも考えられるね。
一長一短と言えるだろう
さて、もうひとつは解るかな?」
そのような返答の中の、さり気なく混ぜ込まれた『司令塔』という言葉を聞いて、ピンとくる。
「ああ、なるほど。ヒントをありがとうございます。
『虫そのもの』が犯人という事も考えられるんですね」
「どういう事なのじゃ?」
意外な犯人だったのだろう。
シャルはキョトンと、横から見るように上半身ごと首を傾けた。
そんな姿勢になるのは、ボクとエミリー先生とで並んでいるからと思われる。
本とかアクションシーンを読んでいると、共感のあまり身体が思わず傾いていたりね。
ボクは彼女に仮定を伝えた。
「虫の群れが化学物質の伝達で脳を形成しているなら、そのまま『独断で動いている』という考えもあるという事さ。
演算機である脳そのものがなければ思考は出来ないが、指向性は虫依存。
そして行動とは『理屈よりも気持ちありき』な物という事なんだ。
虫の群れが『心』を司る以上、『主人』の命令を無視して快楽殺人を行っている可能性もある」
「快楽殺人……虫が、なのじゃ?」
「そう。虫が」
その考えにシャルがブルリと身震いし、両手を交差させた。
寒気が出たらしい。
「うひい~、かなり怖い話じゃのう」
「まあ、仮定のひとつだから、あんま考え過ぎない方が良いさ。
『もしも』の深読みはあまりアテにならない。
それに、虫に対しては分析が進んで、今後もエミリー先生がなんか凄い物を作ってくれる筈さ」
怖がった女の子は、余計に怖がらせてはいけない。
サドに求められるのは相手の許容量を計る技術。
自分勝手な人間はサドに回れないのだ。
そんな事を胸に留めて落ち着かせていると、エミリー先生が別の話題を放ってきた。
逆に空気を読んでいてナイスパスだ。
「そういえば話は変わるけど、あの舞台ってイオリの後に『婚約破棄の悪役令嬢』って題材の出し物を、役者志望達が集まってやる予定だったらしいね」
「ふむ、婚約破棄なあ。
ボクと、シャル・エミリー先生との関係と一緒ですね。どんな話なんで?」
此処で題材と言ったのだから、既存のジャンルの事とも捉えられるがまあ良いだろう。
会話の中で些細なミスは、聞き手が自動修正してくれるし、勘違いのままでも雑談なら変化っぷりが楽しい事だってある。
「なんかパーティーの最中で、晒し者のように婚約破棄されて、意地悪な新しい婚約者が出て来るんだって」
「は~……」
「ほへ~……」
そして先生が言うには「リアリティが無い」とも言われるケースもあるらしい。
まあ、エンタメだからね。
つい職業病で、それが成立するケースを考え雑談としてしまう。
「主人公の実家が原因とかありそうですね。
宗教問題等で対立した際、破門される為にそういう大袈裟なパフォーマンスを行う展開は考えられます」
「現在の地位になる為に、令嬢と一旦婚約関係になったとか考えられるの。
お家騒動で、滅ぼして未亡人となった妻や、その娘を引き取るとか。
で、『子供が産めない年齢だ』と世継ぎ問題で追放したりするのじゃ」
「あっはっは。自分達の関係と一緒とか言っていた割に、ドライな推理をするね」
ボクとシャルは顔を見合わせ、言った。
「「だって、そんな事にならないよう落ち着いたのが今の関係ですし」ですじゃ」
故に今の関係は増えも減りもしないだろう。
夜の大通りに、それもそうかと、エミリー先生は再び笑う。
あそこからデビューする歌手ももっと増えるかも知れない。
今とは違う発想も沢山あった。
「また一緒に行こうね」と、彼女は自然に言ったのだった。
前はサブカルチャーなんかに興味無かったのに、エミリー先生も変わったよなあ。
中身の無いような会話であるが、個人の些細な変化はそういう会話がでこそ解るものだ。
読んで頂きありがとう御座います。
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