457 ブラックでグレーなマーケット
アセナ曰く。
インフルエンサーとなったイオリの人気を補助し固めていたのは、演奏後に行うマーケットであった。
イオリの名を使い、服やアクセサリーなど客達の心をくすぐる『お洒落グッズ』が売られるのである。
イオリがジャラジャラ付けているシルバーアクセサリーのレプリカとかね。
普通の音楽イベントの途中で、個人が工場生産の商品を売るなどオーナーが許さないだろうが、此処はナイトクラブ『ビッグドリーム』。
若者達の承認欲求を満たす場所。
絵画やらグラスやらの商品化が許されているので、特例として認められたのだ。
条件としては売り上げの四割をクラブに納めたり、マーケット期間を決められた時間内に収めるなど様々な小さな要素がある。
四割といっても夢の国価格なので、原価を考えると十分な黒字であるとの事。
しかし一番大きいのは、ランキングの人気でトップを取り続ける事だったという。
その責任感も重なり、イオリは必死に演奏を続けていたのだった。
『しかし、どうも臭い所があるけどな』
「疑わしいところ?」
『ああ。奴がインフルエンサーとして他と一線を画するのは、世間の意見に歯向かうというロックなスタイルだ』
確かに、それだけなら他にもいっぱい居そうだな。
なんせ此処は底辺な若者の溜まり場だし。
ギターテクは関係無いのかな。
『ギターテクはさっき見た通り、上手さが分かるヤツと分からないヤツで半々だったろ?
実際は『皆が好んでいるから、自分も聞いてみよう』と考えているのが大多数なんだ。世の中そんなもんだ。
つまり大切なのは、『話題性』という事だな。
そして、アイツの話題性が大幅に伸びたのは、切り裂きジャックから生存したという事件からなんだ』
そういえば、アセナが新聞記者として彼を追っていた理由もそんな事情だったか。
単にほらを吹くなら誰でも出来るが、イオリの言っている事は、アセナの調べた真実に近すぎるのである。
『そして売り子を見て、思った事はあるか?』
「私服だね」
『つまり?』
「ナイトクラブのスタッフではない、外部の人間がマーケットを運営しているという事だ」
「探偵ものなら、黒い商品を売るのに絶好のシチュエーションじゃのう」
シャルの意見に、アセナはコクリと頷いた。
よくよく商品を見れば、服の仕立てに見覚えがある。
あれは、工業区にあった偽ブランドの物だ。
珍しく服マニアスキルが働いていると、内心で感嘆した。
『そう。実は、あの商品は『裏組織』の手によって作られている可能性が高い。
ていうか、証拠が出ていないだけでほぼ確定だ』
『裏組織』は偽ブランドを作るなど違法な行為をする為に、様々な中小勢力が手を組んでいる組織の仮称だな。
最終的にはウチの風俗産業を乗っ取るのが目的だとか。
その為に切り裂きジャック事件で偏ったニュースをメディアで流し、風俗ギルドの弱体化を狙っている。
つまり『裏組織』が切り裂きジャックを所持するなら、イオリの躍進に全て説明が付いてしまうのだ。
それは、イオリが『裏組織』の真実を知らないという前提でも成り立つ。
異世界転移したばかりの主人公を手助けする商人の本音は、あまりクローズアップされる必要はないのだ。
「じゃあ、イオリよりもあの売り子達に迫った方が良いんじゃない?
少なくとも、イオリよりは話が通じると思うよ」
商品に対する問答は出来ている。
空気を読まないイオリよりはよっぽど『普通』であると感じられた。
しかしアセナは首を振る。
『いや、アイツらは簡単に切り離せる人材だ。
只のバイトで、調べてみるとそこら辺の冒険者も混ざっていて、メンバーはコロコロ変わる。
イオリ以上に何も知らないんだ。『運び屋』と似たようなもんだ』
ふうむ、それは残念。
思っていると、今まで頭を抱えて悩んでいたシャルが口を挟む。
「しかしそれなら、なんでイオリが狙われたのかの。
二人三脚なら、イオリが倒れれば共倒れになるのでは?」
『そこだ。良い所を聞いてくれた』
「うへへ。照れるの」
『よしよし。で、考えられるのは文字通り相手が『組織』って事だな。
次期当主であるアダマスなら分かるだろう?』
「……ああ、なるほど」
アセナ、よくジェスチャーだけでそこまで情報伝えられるね。
そんな気持ちと共に湧き上がったのは、組織という事は一つの社会であるという事。
つまり序列があって、内部に幾つも勢力が存在するという事だ。
人というのは偉く、そして規模が大きくなればなる程、こういう問題に足を引っ張られがちなのだ。
歴史を紐解き、英雄がウロウロと意味不明な行動を取るのも、歴史書には載らないような身内や民衆に気を使っている場合が多い。
「どういう事なのじゃ?」
「『裏組織』の中の『誰か』が、勢力を伸ばす為にイオリを利用し、用が無くなったから殺してしまおうとしていた可能性があるという事さ。
例えばミアズマの指令を受けた『誰か』が、『裏組織』を利用して目的を達成しようとしていたりね」
もしかしたら、最初はイオリを担当していた商人が別に居たのかも知れない。
しかし、組織人になるにつれて生での付き合いが希薄になるという事はよくある。
出版社で言うなら、担当が何時の間にか変わっていたとかそういうの。
指令を短期で達成するつもりなら、気付かれる前に殺そうとしてもおかしくない。
「その目的と言うと、やはり技術者かの?」
「ミアズマ関係者だろうから、そうだね。
大規模なだけで、グリーン女史のヒモをしているアズマと同じ状況ではあると思うんだよなあ」
「そういえば、さっきのマーケットの売り子にグリーンが居たの」
「そうだったね」
視線を戻すと、グリーン女史が携帯蓄音機の販売をしているのが見えた。
ああ、怪我で駆け寄った時に許可だけ取ったのか。
マーケットは黒くとも、少なくともグリーン女史にとって縋るべき蜘蛛の糸である事は確からしかった。
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