454 1、2、3、ダァー!
バッタバッタと倒れる切り裂きジャック達。
断面や服の中から、ワサワサと虫が舞台の外に出る。
相変わらず気持ち悪くて、慣れない絵面だなあ。
「用心棒の人達に虫を捕まえるよう言わなくて良いのです?
何らかの手掛かりだとか、敵の戦力減少だとかに繋がるかも知れませんよ」
ボクはエミリー先生に聞いた。
彼女なら秘密裏に、錬気術士としての身分を遠くへ伝える手段を幾つも持っている。
小型ロボットを使って良し、絞った音波を使っても良しだ。
「止めておくよ。自爆とは言え、今は客の保護が先決だ」
しかし彼女は冷めた顔である。
確かに視線を向ければ、床に倒れた切り裂きジャックの身体を掴もうとしていた客が、飛び出して来たカブトムシに返り討ちにあっていた。
切り傷だらけで、放っておけば失血死は免れない。
因みに、最もダメージが大きいのは、狙われた当人であるイオリだ。
けれど彼はまだ立っている。
血が出る量が減っているのが分かった。
片手と口で無理やりギターを弾きながら、脱いだシャツを包帯代わりに巻いたのだ。
それなりに鍛えているが、明らかに戦士の身体付きでなく、もう無茶苦茶な根性論でやっている。
そこまでしてでも、演奏が大切らしい。
こうして血で染まり、虫の死骸が散らばる舞台の上。
アセナが駆け寄るのは、倒れている客。
その特徴は、転んだけで怪我はしていない事。
劇場でやるような無駄のない殺陣シーンと違い、もみくちゃになった戦場にはこんな人が沢山居る。
アセナは、彼の背中を踏み台にして跳んだ。
血で滑って転ばない様にする為だ。
構えは高く掲げた八相。尤も素早く、そして高い威力で振れる型。
欠点は回避されたら反撃手段が少ない事だが、エミリー先生にデバブを喰らっている今なら十分だ。
「ラストぉ!」
横薙ぎによって、最後の首が回転しながら飛んだ。
本来は鮮血である部分が虫の群れとして飛んでいく。
そんな状況は気にもかけず、着地した彼女は仁王立ちになって叫ぶ。
対象はどうしていいか戸惑っている従業員達。
「金級冒険者のアセナだ!
連続殺人犯の調査で来ていた!速く治療の用意をしろ!」
「はっ……はい!」
「ついでに無事な連中は舞台の外に出るように!」
「はいっ」
客達はおぼつかない足取りで、パラパラとホールに戻っていく。
アセナに踏まれた客も一緒だ。背中を押さえていたのでよく分かった。
合わせてエミリー先生もアンテナをしまって怪音波を納めた。
そうして出来た空間に、やっと治療箱やタンカやらを持った従業員達が入る事が出来たのだった。
しかし、断固として舞台を降りない者も居る。
イオリである。
「ええい、離せ。俺は最後まで歌うんだ!
底辺からやり直してここまで来たんだ。晴れの舞台でギターを弾けない俺なんて、死んじまった方が良いんだよお!」
そんな彼を、アセナはドライな目付きで見下ろす。
バカにする気持ちは感じられない。
こうなる事が解っていたので、気持ちが動いていないというだけだ。
「ああ、知っている。
普段は軽はずみだけど、自分の好きな事に嵌まっている時はテコでも動かねえ。
お前はそんなヤツだ。
だからさ……、その場で最低限の治療だけして貰え」
言ってアセナは背中に付けていたギターを取り出し、剣として使っていたヘッドを収納。
仕込み杖の要領だな。
獣人の腕力で素早く弦を張って、アコースゥティックギターの完成だ。
「その間は、アタシが時間を稼いでおくからさ」
司会者の紳士が持っていた音声拡大の杖を床に突き刺しで固定し、口を近づけた。
「あー、あー。マイテスマイテス。
『私』は、アセナ・ルパ。先ずはこの度、被害者を出してしまった事を深くお詫びします。
冒険者としての目線ですが死者は出ておらず、治療すれば皆元の生活に戻れるでしょう」
何時もとは違う外向きの言葉遣いで、ぺこりと頭を下げる。
その言葉にホッと胸を撫でる者達は大量に居た。
舞台に上がったのなんて、ほんの一部の人間の暴走なのだろう。
誰もが殺人者と戦う為の度量がある訳でもない。
シャルもやっと、ボクの後ろからヒョコリと顔を覗かせた。
そうそう、普通の人間はそれで良いんだ。
アセナは、エミリー先生に顔を向けて、パチパチと瞼を動かしアイコンタクト。
主に上級冒険者で使われる、モールス信号に似た『言語』であり、互いに所持している情報が多ければ大体の会話が一瞬で出来る。
先生の返事を『聞いて』、再び口を動かした。
「上から見たところ不自然な動きをする者も居ませんでした」
エミリー先生の義眼を使えば改造人間が居るかの判断が出来るので確認を取ったらしい。
本当は、人込みに紛れて隠れているのかも知れないが、そこまで伝えるとパニックが起こる危険があるので言わなかったのだろう。
それに、だからと言って外に出したら大量の切り裂きジャックが周りから襲ってくる可能性もある。
「なので混乱を避ける為、憲兵達が集まるまで待機をお願いします。
この度の事件は、私が責任を持って侯爵閣下に伝え、公になる事を約束しましょう」
「おお」とザワついた。
こういう場所での『領主直属』の札は強い。
普段は社会の事を馬鹿にしている連中も、内心では社会に認識されたい欲求が強かったりするのだ。
流され易いとも言うね。
こうして流れが決まり、待つだけとなったホールはシンと静まる。
彼等は、チラチラとアセナのギターを見ていた。
この状況になるのは解り切っていたので、アセナは決まっていたのであろう台詞を紡ぐ。
「さて。この仕込みギターは今回の調査の為、オーナー様より許可を頂き、特別に用意した物であります。
つまり、演奏の予定もありました」
オオと、低く大きい感嘆の声がした。
合わせてアセナはグッと拳を突き上げる。
「時間もありますし、聞きたい人は大きく『アタシ』と同く拳の突き上げを!」
「「「オー!」」」
敬語から段々と普段の口調へ。
人々が思い浮かべるアセナ像へ変わっていく。
「じゃあいくよ!久しぶりのアセナさんのライブだ!」
「「「オオー!!」」」
先ほどまでの沈黙も痛みもなんのその。
会場が湧いた。
読んで頂きありがとう御座います。
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