452 形じゃなくて言葉じゃなくて
イオリを狙った衝撃波の雨は、劇場の床に沢山の穴を空けた。
飛んだ瓦礫や、落ちて来たカーテン、照明等が一瞬彼の姿を隠す。
されどエレキギターの音色は鳴り止まないでいた。
瓦礫の向こうから出て来たイオリは、一歩下がって弦を弾き続けていたのだ。
けれど避け損なった部分は多々あった。
別に戦闘要員ではない、彼の回避スキルが高い筈は無いのだ。
ボロボロになっているレザージャケットやジーンズは、まるで錆びたヤスリで削ったよう。
出血もして、床には血溜まりが出来ている。
その中でも、背中からの出血が一番酷いのは、ギターだけは自分を盾にしてでも護り切った為だ。
突然の乱入によって、辺りでワーキャーと悲鳴が上がる。
絵に描いたような集団ヒステリー。
けれど歯止めをかけたのも、イオリ本人だった。
建物の外にでも聞こえそうな程、ギターで大きな音を出す。
スピーカー内蔵型のエレキギターなので、音量を弄ったのだろう。
「この程度の事で騒ぐんじゃねえ!」
血はドバドバと出ているし、立ち姿もふらつきが見える。
何より現在進行形で、殺人鬼集団に取り囲まれる有様だ。十体強くらいかな。
けれどもイオリは、二ッと歯を見せて活き活きと笑っていた。
此処が自分の意場所だとばかりに。
「いいか、俺は死なねえ!
これまでだってそうだったじゃねえか!」
切り裂きジャック達が常套手段として爪を振り回す。
イオリは幾つか切り裂かれながらも、なんとか避ける事が出来ていた。
宙には冷や汗が玉になって飛んでいる。
ああ、これはイオリが命懸けの集中力で避けているのもあるけど、数が悪手になっているな。
護身の訓練をしていた際、一度に一人と戦えるのは四人までだと習った事がある。
パーティー会場など多数の中での暗殺に知っておくと便利らしい。
チョロチョロ動き回る相手を複数人で倒そうとすると、味方同士が互いに障害物になってしまうのだ。
だから人の軍隊には作戦が必要だし、小さな虫は複数で戦う事に適した身体をしている。
無理やり人の身体を与えられた虫だとこうもなるか。
「ハッタリかと思うけど『夢』っていうのはそんなもんだろ。
形の無い理想に走り続けるのが、楽しいんじゃ……うぐっ!」
言っている途中で爪の一本がザックリと入った。
斬撃だったので、幸い内臓まで届いていないが、脇腹に赤い線を刻む。
まあ、素人の回避はそんな物だ。
逃げる事はそんなに簡単じゃない。
ボクはヨーヨーを取り出す。
「ちょっと助けに行くよ」
「いや、それは駄目」
が、エミリー先生に阻止された。
ガシリと肩を掴まれている。
彼女のドレスはパワードスーツモードになっていて、かなり本気の態度だった。
「しかし、あのままでは死んでしまいますよ?」
「君は身分上、命の優先度が高い。
しかもあの人数を一人でどうにか出来る戦闘力でもないし、此処にまだ敵が潜んでいないとも限らない」
シャルはボクの背中に隠れていた。
恐そうで泣き出しそうだった。
そうだ、彼女を守るのはボクなのだ。
いざという時は抱えて逃げてやると言ったばかりではないか。
こんな簡単な事も忘れていたなんて、情けなすぎて自身を引っ叩きたくなってくる。
「……それじゃ、先生が援護に向かうとか?」
「私は君の護衛として離れてはいけないな。
ぶっちゃけ個人的に、イオリの生死はどうでも良いと感じているし」
理屈は正しい。
そして天才らしい冷酷さだ。
イオリは親友のその後に大きく関わるキーパーソンだし、実際に話した仲でもある。
印象は悪いけど、きっと殺したい程マイナスでもない筈。
「それに『貴族様』が動かなくても、世間はどうにかなるように出来ているものさ」
ピッと彼女が指差した先は、ドタバタと沢山の客達が劇場へ向かっていた。
「イオリさんを助けろー!」
「俺達も伝説になるんだー!」
「殺人鬼なんて怖くねえー!」
店の都合で武器らしい物はないが、そこら辺の燭台や武器を模した芸術品。
更にはカトラリーナイフ一丁で戦おうとする蛮勇の猛者まで居る。
持ち方は意外と本格的な武器術で、ポツポツと騎士の心得を学んでいるのが分かる。
一方で、執事服を着た用心棒達も走っているのが見えた。
けれど直接見ていた客の方が舞台へ上がるのが早い。
人間の壁に阻まれ、用心棒達は中々進めないでいた。
するとどうなるか。
「敵はどこだー!」
「おいっ、こら。足を踏むな」
「痛てぇ!爪に切り裂かれた!」
「ぐはぁ!俺は味方だ、ナイフ刺さったぞ!」
阿鼻叫喚が出来上がるのだ。
切り裂きジャック達も連携取れてなかったんだから、有象無象じゃそうなるよね。
意外と狭い舞台の上。
そこに人という障害物で溢れさすのだ。
「俺こそが一番の命知らずだ」みたいなノリでやる戦争とか、ウチの初代よりも前の世代のやり方だぞ。
ボクは頭を抱えて、シャルは恐怖も忘れて呆れ顔。
「どうにか出来ないのですかや?」
「う~ん、単純な数字だけなら勝てる筈なんだけどね。まあ、ちょっと見てなさい」
エミリー先生はドレスの一部の形を円盤状に替える。
何時ぞややっていたパラボラアンテナの形態だ。
一瞬で出来上がったそれを、両肩に乗せた。
援護に向かうのは駄目だけど、こうして護衛対象から離れない分には良いらしい。
「キャノンを両肩の乗せるって、格好良いよね」
「まあ、そうですね」
「アダマス君が持ち帰ってくれた虫を解析した際、コミュニケーション能力に特化している為か、音の感受性脳が高く、人間並みの聴覚を持つ事が判明してね
『虫が苦しむ音』っていうのを開発してみたんだ」
虫の聴覚は体毛によるものが主で、普通は方向を知る程度の聴力しかない。
しかしコオロギのように聴覚器官を獲得しているものもある。
それを解析すれば、どれほどの聴力があるのかも分かるという事だな。
理屈ではそうだが、あの短時間でそこまで調べ上げるのは天才が故である。
「じゃあ、はじめからやっておけば……」
「う~ん、でもこれには欠点があってね」
「どんな欠点で?」
彼女は淡々と口にする。
「人間にも効く」
「……ああ、人間並みの聴力ですものね」
舞台の上は、一気にカオスさを増した。
客達が耳を抑えて苦しみ出したのだ。あの射程ってイオリも入っているよなあ。
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