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45  闇市驚異の技術力

 結局、小銅貨二枚で石ナイフだけ買った。


 セットで「干し肉や干し草を切る時に便利」だって言われ、食べ物を勧められたけどそこは断っておいた。

 個人的には面白いとも思ったんだけど、こういう所で獲れる肉を食べる事にシャルが好奇心を持って貰っては困ると思ったからだ。


 それならキャンプで動物でも狩って、このナイフで新鮮な肉を切って食べた方がよっぽど教育に良い。

 今度一緒に山に行くのも楽しいかもなあ。


 モヤモヤと脳内でシャルとハンナさんと一緒にキャンプをする光景が浮かぶ。

 ……あ、エミリーも入れなきゃ怒られちゃうな。

 そっと脳内の映像にエミリーを加えておいた。


 ところで件のシャルはといえば、ボクがナイフを買った後もしゃがんで熱心に商品を見ていた。

 視線の先には糸がある。


 8の字に纏められて一束として売られていた。

 長さから推測出来るが、余り物を拾った訳ではなくて、普通に新品として使える長さの物だ。

 小動物から作った革紐ではなく、植物繊維から作り出した柔らかな裁縫糸。

 こうした所の糸では珍しく紺色の染色が施されている。


 そこでひとつの不安が頭を()ぎる。

 ボク、さっきから不安を感じてばかりなんだけどそんなのばかりでやっていけるのか不安になる。


 そして最終的にはどうにかなるさと自分に言い聞かせる。

 無敵の妹パワーで。


「豪華な糸だね」

「言いたい事は分かるっす。でも、別に盗んだ訳じゃないから安心して良いっす。

繊維を解いて乾燥させた蔦植物。

これを錬金術士から教えて貰った木の実を混ぜた染色液でコーティングしてあるってだけっすよ。

元の用途がコーティング剤ってだけあって編み込む必要がないくらい強度が上がったり、劣化に強かったりするんすよ?」


 思ったより闇市驚異の技術力だった。

 驚きと安心が同時に来る。

 取り敢えずは盗品でないと安心したところで、シャルへ話を振った。


「シャル。その糸で何かしたいのかい?」

「おうよお兄様。今日の記念として、この袋に刺繍をしたいのじゃ!」


 彼女は少し子供っぽく派手な色合いの小銭入れを振り回す。

 チャリチャリと切ない小銭の音が鳴った。

 なるほど、確かにこう地味な色の糸だったら色合いのバランス的にも丁度良いかも知れないね。

 シャルが一人で刺繍する気満々なのは、そういう一人遊びスキルを普通に持ってるんだろうなあ。


「と、いう訳でこの糸を頂くのじゃ!」

「うぃー、まいどありーっす。

じゃ、中銅貨一枚……って言いたいけどサービスで銅貨四枚で良いっすよ」

「……えっ⁉」


 シャルが予想外の値段に目を見開く。

 店番は当たり前のように小銭を受け取る為の手を差し出していた。シャルはつい、精神的な距離感からか身体を少し仰け反らせて手から離れようとする。


「糸がナイフの二倍の値段以上なのかや⁉」

「当たり前っすよ。これでも結構ギリギリの商売なんすよ?」

「お、お兄様っ!」

「残念ながら事実だね。もっと高くても良いかな」


 紡績は産業革命によって最も影響を受けた産業の一つだろう。

 今まで手作業で時間をかけて作っていたものが、大量生産の機械によって同じ質で安価に売られて、今まで天井知らずだった服の値段が大暴落したのは有名な話。

 まあ、そのお陰で庶民のお洒落に繋がり、ボクのコーディネイトっていうささやかな趣味に繋がったりもするんだけどさ。


 取り敢えずは、手作業で作った糸なら安すぎるくらいだった。

 まあ、そこら辺は闇市クオリティって感じかな。


 涙目のシャルを前にして、店番は苦笑いをボクに向けていた。


「大変っすね、『お兄様』は。それで、どうするんで?

本音としては、ボンボンならそんなケチってんじゃねーよって思ってるっすけど」


 そう言って彼女はケタケタと笑った。

 酷い絵面ではあるが、ボクも実際思っていた事であるし、何よりこれは可愛いシャルとのデートだ。

 何時までも涙目にさせる訳があるまいよ。


「シャル。大丈夫、足りない分はボクが出してあげるよ」

「で、でもそれって本末転倒なんじゃ……」


 読心したら期待の中に申し訳なさの色が滲んでいる。

 助けて欲しいけど、口に出してしまえばワガママになってしまうのだと思ってしまい、結局口に出せない。そういう時ってよくあるよね。

 それが成り立つのは、本人以上のワガママを言う時だ。


 故にそうする。


 ナイフのお釣りからシャルの手へ十分すぎる量の小銭を渡した。

 困ったような顔のシャルに対し、ボクは親指を立てた。


「いいから受け取っときなって。『割り勘』さ。これこそ、ロマンス小説のデートっぽいだろう?

本末転倒でも良いじゃないか。理屈じゃない事の方が面白い時もあるもんさ」


 そしてボクは笑う。

 今まで部屋でウンウンと唸っていた頃の自分と比べると、不思議な程自然な笑顔になっていた。

 シャルは緊張を段々と緩めていき、にっと八重歯を見せて困ったように笑う。


「小説っぽいなら仕方ないの。妾もやりたい事じゃったから」


 シャルにしては珍しく理屈っぽい事を言うと、握った小銭を店番へ差し出す。


「じゃあ、これで今度こそ買うのじゃ!よろしくなのじゃ!」

「はいはい。ごちそうさまっす」


 まあ、実は一番悪いのは『闇市ならシャルの持ち金でも買えるかも』って言っておきながら『やっぱ無理でした』なボクなんだろうけど、シャルは満足しているし黙っておく事にしよう。

読んで頂きありがとう御座います

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― 新着の感想 ―
[一言] 闇市恐るべしの回でした。 ポーチから団扇が顔をのぞかせる、やべー! と仰天しそうな貴族のナイスファッションに私は作者様はきっとドルチェなんとかガッパーナとかを上回るセンスを感じました。………
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