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449 当事者意識

 ヤクモがボクと近距離で顔を合わせていた時。

 間に先生が割り込んできた。


 故にヤクモは、ボクとエミリー先生から距離を取っていた。

 やや遠くより悪人笑いでクククと微笑む。


「クックック……俺の被害者か。

一々覚えてはいないが、思い当たりは腐るほどあるからなあ。

自分を『被害者』だって前もって言ってくれるだけ優しいものだ。

俺の地元じゃ、無害を装った握手の途端に自爆テロなんてのもよくあった」


 その声色は平然としたもの。

 親の仇のように憎まれるなど、彼にとっては日常の一コマに過ぎない。

 心音も変化していないと思われる。


「で、どうする。俺を殺す気か」


 踊る人混みの作る孤独な空間の中。

 一際光るギラギラした目が闇の深さを強調する。


 けれど威圧を向けられた先生の顔は、正に柳に風であった。

 ミアズマのせいで家族を失い、子供を産む未来を失い。

 辛い人生で打たれ続け、育くまれた胆力が伺える。


「それも良いんだけどね。

取り敢えず、今はいいや。

それよりもこの子を虐めないで欲しいという事の方が重要だ」


 そう言って、ボクの肩をポンと柔らかく叩く。


「彼は権力者である前に一人の子供なんだ。

生まれが偉いからって、生まれに縛られた偏見意識で好きなように遊べないだなんて可哀想じゃないか」

「なんだ、そんな事か。

ちょっと突いただけだというのに情けない。

この失敗をバネにして成長するぐらいでなければ、俺も張り合い甲斐が無いのだがな」

「そんな君は大人気ないけどね」

「んだとコラ?」

「ああ、図星なんだ。

やだねえ、皆のルールに従わない子供のまま大きくなっちゃった乱暴者は」


 空気がピリリと凍り付く。

 人混みの一部も少し止まり、しかし再び踊り出した。

 店の性格上、喧嘩はよくある事なのだろう。

 とはいえ、話題が話題だけに注目されるよりはありがたい。


 そして実際、直ぐに危ない空気は収まった。

 互いに喧嘩慣れしている為かも知れない。


「アダマス君に謝って……なんて事は君に期待していない。

知って欲しいのは、この子は君の部下と仲良くやっていた事だ。

テロリストであるミアズマに『居場所』を作ろうとしたんだ。

大人だったら罪に問われるだろうが、子供領主だからこそ許される『政治』であるとは思わないかな?」

「……ふん、屁理屈だな」


 ヤクモは不機嫌そうに口をへの字に曲げた。

 なんでも自分の力で手に入れてきた男にとって、侮辱であり憧れでもあるからだ。


 人というのは自分に縁のない物を手に入れたがるのである。

 明らかに現場人間なのにスーツを着ていたりね。


 そして彼は、ポツリと口を動かした。

 その表情は、何処か楽しげでもある。


「ひとつ良いことを教えてやる。

俺は好き勝手生きる人間だ。

故に我が社は、社員の自主性を尊重する」


 そんなの当たり前じゃないか。

 けれどエミリー先生は確信に至ったかのようにハッとする。


「……つまり、何か指令を与える時は『手段』は指定していないという事か。

それじゃ、社員同士で意見が食い違ったらどうするんだい」


 別に返事は無くても良い。

 それは殆どを理解した者の、確認だったのだから。


 けれど敢えてヤクモは答える。

 異世界という孤独を強いられる世界で、自分自身をこの世に証明する為に。


 彼は拳を握り締めた。


「勿論殴り合いだ!

プロジェクト進行の一番の敵が同僚なんてよくある事。

なら、ぶん殴って決めた方がずっと自然だ」


 なるほど。

 つまり今回の切り裂きジャック事件も、実は同じ目的を持ったミアズマの中での小競り合いの可能性もあるという事か。

 選択肢が増えたな。


 エミリー先生はゆるりと力を抜きつつ、友好的な態度で彼に近付く。


「そういえば、此処で人気のイオリってギタリストは、ミアズマの一員なのかい?

というか、彼は本当にギタリストなのかい。殺し屋かなんかじゃなくて」


 ボクが聞きづらい事を聞いてくれた。

 感情では違うと思いたいんだけど、理屈の上では怪しいままだ。


「いや、ウチのモンじゃねえな。

別口の転移者なら、イオリが殺し屋だとかの事情を俺が知る訳ねーだろ。

アズマ。アイツってギタリストで良いの?」

「あ、はい。そうです。

子供の頃からオッさんになるまで、ずっとギターに命を賭けているとか」

「だってよ」


 ヤクモは当たり前のように答えた。

 そしてそれは『正しい』と、読心術が言っていた。

 安心したような残念なような。


「そうかい、ありがとう……」


 エミリー先生は溜め息を付く。

 ヤクモとの距離は近い。


「じゃあ死ね」


 突然の事だった。


 エミリー先生が右眼を光らせば、ヤクモは目を瞑って苦しそうに唸る。

 目潰しが成功したのだ。


 同時にペンシルくんを手の甲にしがみ付かせて、ペン先を付け爪のように装着。

 簡単な武器としての『爪』が出来上がる。

 切り裂きジャックの腕と同じ分類だな。


 さっき言っていた「取り敢えず、今はいいや」って、気分とか場所とかじゃなくて、本当にその場だけって意味だったんだ。


 爪は、躊躇いなく首に向かい突かれる。

 しかしヤクモは目を瞑りながら笑っていた。

 暗殺など日常茶飯だと言わんばかりに。


「遅い!」


 歯で、爪の先を噛んで受け止めた。

 奇襲な上に目が見えないというのにだ。


 純戦士であるアセナだったら押し切れただろうが、天才といえど体術は門外漢だという事なのだろう。

 故に、エミリー先生は自分なりに次の手を用意していた。


 爪を装備している手の、袖下が伸びたのだ。

 正確には、袖を形成していた液体金属が、首に向かう針となってヤクモの首に向かって襲いかかったのである。

 避けられる距離ではない。


「組織としてなら、元凶(お前)をこの場で殺すべきだ」


 さっきのボクに対して言われた「組織の長として」を引用した台詞だった。

 尤も彼女は完全な私怨で言っているが、それでこそエミリー先生という人間だ。


 彼女の瞳は紫炎のように燃えていた。

 復讐鬼の火である。

読んで頂きありがとう御座います。


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