444 上流階級
階段を登ると、二階床の中央には劇を見る為の四角い穴が空いている。
覗けばダンスホールの全体が見えた。
踊っている人達が人形のようで可愛らしい。
穴の周囲には落ちないよう、小綺麗な細工付きの手すりが付いている。
そして二階の床は、穴を中心として円形の机が置かれている。
貴族風というだけあって、食事の邪魔にならない程度の細工が刻まれていた。
そして若者向けの配慮だろう。
貴族風という割に、飾りは最低限でテーブルクロスも敷いていないシンプル机でもあった。
チラチラと見渡せば、思い思いのマナーで貴族に成り切ろうとしているようだが、実際のサロンでやったら失格ものばかりだ。
これは教養が無いのではなく、仮に本当のマナーを知っていても、周りに合わせるとこのような感じになるという事だな。
「貴族風」だからといって行儀の良さを強制するのは楽しくないのである。
「お兄様。あの人達、ナイフだけで食べていてワイルドなのじゃ。
しかもナイフの刃のギザギザがなかったり、先端が尖っていたりするのじゃ」
「あれは300年くらい前のフォークが無い時代のカトラリーナイフだね。
ボクはサバイバルをする時はナイフのみで食べる時もあるけど、あの形式は最近は見ないなあ」
解説お願いと、アズマへ視線をやる。
彼はなんだかんだで面倒見が良い。
聞けば、蓄音機の開発で無理をしようとするグリーン女史の健康管理も行っていたんだとか。
「こんな身体で生まれてくると、時間を無駄にしている人間が気になってくる。必要最低限の休みを取っていない状態の作業なんかは特にな」とは彼の談。
そんな彼は語る。
「貴族っていうと剣と魔術で戦っていた時代の物を思い浮かべる人間が多い。
創作の世界への憧れともいうな。
だから当時の食べ方を意識した催しは多いし、それが経費の削減に繋がっている。
何故だかは解るな?」
もう十分だろうといった渋い顔で、彼はボクへ話を振った。
面倒見は良いものの、社交全般が得意じゃ無さそうだもんなあ。
つまり会話の技術が死んでいるのだ。
今の服装も小綺麗にはしているが、全然このクラブらしくなくて合わせる気が感じられなかった。
Tシャツに上に取って付けたようなベストを着て、黒い山高帽で何とかそれらしさを出している。
工業区で見た格好そのまま行こうとしたのを、グリーン女史が無理やり着せたといった感じだ。
そんな事は良いとして、キョトンとするシャルの為に言葉を続けよう。
「どういう事なのじゃ?」
「昔は高価でも、現代の技術で安く出来る物は沢山あるのさ。あれを見てくれ」
指差したのは壁際のサラダバー。
もっさりとキュウリの輪切りが盛られていた。
「かつてキュウリは我が国の気候では、温室技術なしでは育てられない代物だった。
しかし現代では、オーパーツの素材採集手段としてかなり進んだ分野となり、安価で買える商品となっているんだね」
学園都市が『畳』を再現出来たのもその影響である。
錬金術の方針が其方に行かなければ、温室はもっと遅れていたかも知れないね。
外国に技術力を示す為に、万博とか言って超巨大なガラス張りの建物なんかを作る未来もあったかも。
「成程なのじゃ。つまりあの『絵』も、調理法を教えている意味があるのじゃな。
向こうには切っただけの食パンが積まれておるし」
「そうそう。流石シャルだね」
「うへへ」
彼女の頭を撫でておく。
輪切りの山の後ろの壁には、アフタヌーンティーでキュウリサンドを食べるご婦人方の絵が掛けられていた。
なんか微妙にプロっぽくない絵だが正にその通りで、夢見る画家志望の客が描いた物との事
額縁の下にある、画家のプロフィール欄にそう書いてあるし、絵自体も買取が可能だ。
このクラブの方針的に『商業化』という夢を売っているのだろう。音楽と同じだな。
エントリーは一階の受付。
特許なんかと同様に登録代が必要で、売れた場合は黒字になるシステムらしい。
「あっちには猟をする貴族が、食事をしている絵じゃの」
鹿や兎や鴨といったジビエ系のコーナーに視線を移した。
「父上の派閥下に居る成金貴族達にも、狩猟は『貴族らしい行為』として評判が良いし、此処に来る人達には心擽られるものなんだろうね。
ルパ族が森番をしている狩場に、シャルと一緒に行くのも良いかもね」
「楽しみなのじゃ!」
昔は庶民が仕事として畜産を行い、貴族がスポーツとして狩猟を行う事もあってか、鹿が牛より高級とされた時代もあった。
家畜として飼育されている物が沢山入っているところにコスパの良さが光る。
調理方法は薄切りを焼いた物や、ローストビーフなどがあった。
「色々なパンがあるのじゃ」
「昔の白パンは富裕層にしか口に入らない、夢の食べ物だったからねえ。
四輪作法が確立され、輸入小麦もある現代では夢でもなくなった。
因みにシャルはどのパンが好きかい?」
「クルミパンなのじゃ!
食感が好きじゃ。出来ればオーツ麦がちょっと入ってあるのが良いの」
ニパッと幸せそうな表情は、本当に好きなのだと思わせる。
昔のクルミパンはかさ増しに作られた物で、オーツ麦は黒パンに使われる物だ。
シャルが正室なのは最も家柄が良い生粋のお嬢様だからであるが、『美味しい』ってそんな物だよね。
貧富の差の発端は、四輪作法による農村の衰退と都市部の人口増加と考えると、成金貴族を目指す『おのぼりさん』な若者達が白パンをありがたく食べるのはやや皮肉な物である。
思っていると、クルリとシャルが此方へ視線を向けた。
その表情は何処か腑に落ちていない。
「しかしお兄様。
昔は高価といっても街で普通に買えるし、ここの料理は簡単な物ばかりじゃ。
かなりのぼったくりではないかの?」
白パンだって街のパン屋で買えるし、レストランに行けば鹿も鴨も食べられる。
なんなら昔は『高価』の代名詞であった、スパイスの塊であるカレーなんて庶民の食事として一般化している。
可愛らしい悩みだと思った。
お嬢様だなあ。
読んで頂きありがとう御座います。
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