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443 生意気とは距離が近い事

 シャルはソワソワと落ち着かない様子で、ボクの袖をギュッと握っている。

 それでも彼女は、アズマに向かって口を開いた。


「あ……」

「あ?」

「あ、あ、あ……あばばばば」


 まあ、気まずいよね。

 会話をしようにも声が出ないでいた。

 元気いっぱいなシャルであるが、本質は結構臆病なのでこんなものだ。


「……?」


 そしてアズマは聞かれなければ答えない性分なのか、特に察しようとはしなかった。

 この野郎め。


 ともあれ不謹慎ながら、ちょっとだけ嬉しいとも思ってしまう。

 何かがはじまるのは、何時だってシャルからだ。

 彼女は消極的なボクに出来ない言い出しっぺをしてくれるので、恩返し出来る嬉しさが湧きたつのだ。


 故にボクは、言葉を代弁する。

 空振りに定評のある読心術であるが、こういう時は役に立つ。


「出来ればエミリー先生と一緒にご飯を食べたいんだけど、今、少しだけ食べても大丈夫かい?

シャルも食べ盛りだし、イオリの演奏が最後(大トリ)だったら結構困るんだ」


 この施設の食事はビュッフェバイキングになっているので、いつでも食べられる。


 しかしシャルにとって、その手軽さがかえって遠慮を呼んでいた。

 食事が机に並んでいても、皆が席に座るまで食べてはいけないのではないだろうかという、子供らしい思考である。


 アズマは何となく分かったような表情で少しだけ頷いて、返事をした。


「先ず、イオリが最後というのは無いから安心してくれるといい」


 その「安心」という言葉には、社交辞令とは別に、珍しくボク達の気持ちを汲んでくれているように思えた。


「このクラブは深夜まで営業している。

最後まで居れば疲れて集中力が落ちているから、演奏を聞くどころではなくなるのでな。

イオリが演奏するのは、何時も夕飯時の時間になる」

「なんでその時間?」


 アズマが上を見ると、真ん中に四角い穴が開いて筒抜けになった構造の二階が見えた。

 あそこから、音楽や劇を鑑賞しながら食事をするという訳だな。

 劇場や一部の演劇好きの貴族の館ではよくある構造だ。

 ただし、その上は天井になっている。

 外から見たこの施設は、もう少し大きかった


「この施設は、三階建てでな。

一階はダンスホール、二階は食事。

そして三階は、個室が沢山集まったプライベートルームになっている」


 この建物は元々集合住宅だ。

 一階と二階は壁をぶち抜いて、大きな部屋の二段重ねになっているが、三階は原型が残っているという事か。


「で、此処の経営は風俗ギルドだ。

本命の演奏を聴いて、食事もして、後は気持ちよく『行為』を致すって仕組みになっている訳だ」

「ああ、なるほど」


 ボクの納得の一言に対し、シャルも頷く。


「少しは子供らしい反応をしないのか」

「貴族だし。別に初心じゃないしなあ。

寧ろ個人的な取引をするのにも便利だなと感じるね」

「……そうか」


 此処を拠点にしたグリーン女史が、直ぐに独立用の料金を貯めて、スポンサー契約も取り付けられたのは納得の理由だ。


「尤も、此処まで上手くやれたのはアイツの手腕によるものだがな。

アイツなら、此処でなくてもその内同じ事を成しただろう」


 まるでボクの心の中を読んだかのように、釘を刺す言葉を繋げる。

 真の意味で人の心の底は分からないと言うが、そんな器用な人間だったかのか。


 だがシャルは、これから悪戯をするように目を光らせていた。

 最初の不安げな気配はもはや見られない。


「はっはーん、なんじゃアズマ。お主、グリーンにベタ惚れじゃの」

「む、そう見えるのか?」


 無表情のまま見下ろしてくるアズマに対し、シャルは仁王立ちで指をさす。


「当たり前じゃ。

『良い立地なら誰でも出来る』と考えるだけなら誰でもするじゃろ。

そこに敢えてフォローという『疲れる事』を入れるのは好きな証なのじゃ!」

「短絡的だな。単に好感を持っているだけとは考えないのか?」

「クックック。ほら、やっぱベタ惚れなのじゃ。

妾は別に『恋愛的な意味で』などとは言った訳じゃないからの。

そうして自覚はあるのじゃよ」

「むう……そうかな、そうかも」


 そう言いつつ、彼の中には確かに動揺があった。

 とは言え、冷静に考えれば「ベタ惚れ」なんて単語を使えば殆どの人が恋愛的な意味と捉えるのではと考えられなくもない。


 けれど実際に当たっていたので、シャルとしては良しなのだろう。

 ボクだって交渉にブラフを使う事はよくあるし。

 やはり、恋愛事ではシャルに敵わないなあ。


 ともあれアズマと打ち解けたそうで何よりだ。

 彼は眉に皺を寄せて口を尖らせ、しかし不機嫌ではない。

 甘く見ていたら意表を突かれてどうしたものかといった感じ。


 そういう時は、話題逸らしも兼ねて話を進めるべきなのだろう。

 故に彼は口を開く。


「ともあれ。顧客の都合上、イオリの出番は子供が考える『夕食の時間』よりやや遅めだ。

だから食事前に菓子でも摘んだ方が良いとは思うな」

「お、デレたのじゃ」


 衣装も相まって、クスクスと笑うシャルは小悪魔じみている。


「いや、これは言っておかないと、子供の面倒も見れないのかと後でグリーンに言われそうで……」

「ニャハハ!今度は惚気なのじゃ、フルコースなのじゃ!」


 とうとう腹を抱えて笑い出した。


「このクソガキが……」


 からかい過ぎだろうか。

 いや、敵だしまあ良いや。


「やーん。お兄様、怖いのじゃ〜」


 言葉とは真逆に笑顔で抱きついてきたので、ボクも抱き返しておく。

 イオリの台詞も怖くはあるし、ややドスも効いているけど、それほど怒ってなさそう。


 寧ろどうしたら良いか分からない、戸惑いの色の方が強い印象である。

 今まで子供と接した事とか無さそうだし。


 ボクは溜め息を付き、言葉を発した。


「んじゃ、取り敢えずお菓子でも食べてみようか」

「は〜い、賛成なのじゃ!」

「了解だ」


 ボクとしても、こういう所のお菓子や料理に、純粋に興味があるのも事実だった。

読んで頂きありがとう御座います。


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