442 ドロワーズを見せる事に抵抗が無いと骨格のみのスカートになったりする
「お兄様。妾と同じようにミニスカートを履いている人がいっぱい居るの。
やはり正解なチョイスだったのじゃ」
シャルの指差した先には、フリルで沢山のミニスカートを履いた女性が居た。
けれど、それ以上に目が行くのは『飾り』である。
「それはどうも。
しかしアレだ。クリノリンを外に出しているのかあ。貴族社会じゃ出来ない事だな」
「え?あの周りに付いているのってそうなのかや!?」
「まあ、ビーズとかフリル付きとかアレンジされて、形以外は原型がないからねえ」
クリノリンとは、針金や鯨髭を鳥籠のような形に組み合わせた下着の事だ。
下着といっても、まんま骨組みなのでエッチくはない。
嘗て、ドレスのスカートを膨らませる為には赤ん坊のおくるみのように、何枚も重ね着をする必要があった。
しかしクリノリンの上からスカートを被せる事で釣鐘型・ドーム型などに膨らませる事が出来るのだ。
勿論重い。
他の例としては、メイド服の肩のパフとかも骨組みが入っているパターンが多いね。
シャルが仕事用にドレスを着る時も、たまにカボチャパンツの上から『履く』事がある。
このように貴族のドレスは無駄なくらい『下着』を着込むのだ。
そんな着替えの最中に「折角格好いいのに、隠れて勿体無い」と思った事は何度もあった。
情報量が多いのは正義だ。
しかし、認識は下着なので貴族の舞踏会でやればみっともないと言われるだろう。
顎に手を当てて、じっくりと考える。
「此処だと流行っている格好らしいね。
シャルがやっても可愛いと思うけど……やらせて貰って良いかな」
「うむ!是非お願いするのじゃ!」
服マニアとして腕が鳴る。
しかし、だ。何か忘れているような。
ボクが後ろを振り向けば、そこには柔らかい表情でボク達兄妹を見守っているエミリー先生が居た。
「先生、なにか忘れていましたっけ?」
「ふ〜む。特に思い浮かばないが、私にもクリノリンを履かせる事とかかな。
実は大抵の事は液体金属で出来ちゃうから、履いた事無いんだよね」
「確かに。見渡せばお洒落用に色々な形に分岐していますし、試してみるのも良さそうですね」
「ああ、期待しているよ!」
グッと親指を立て合った。
そうかエミリー先生を忘れていたのか。
危ないところだった。
安心して再びシャルの相手をしようとすると、先生の隣から声をかけられる。
グリーン女史である。
「いやいや、違うからね。
此処に来た本題は、携帯蓄音機の営業だからね」
「「「……そうえば、そうだった」」」
ボク、シャル、エミリー先生は同時に声を出した。
「忘れんなし。
なんか聞いたけど、私の話題の最中に切り裂きジャックの意味深な襲撃とかで重要案件じゃん!」
「すみません。ナイトクラブの方が楽しみ過ぎて……」
「まあ、貴族のボンボンからしたら、ひとつの仕事よりも火遊びが面白い気持ちも分かるけどね」
グリーン女史はため息をつく。
此処で、「成功したとしても、貴族からしたら大した金額では無いのだろうけど」とかの心の声がポロッと出ない辺り良い人だなあ。
目の前の人間を非難する愚痴とか、空気が悪くなるだけで誰の得にもならないしね。
「すると、これからボク達はイオリさんの元へ一緒に行く事になるのかな?」
これは、パブでの話し合いで出た結論による。
グリーン女史とイオリが一緒に居る時は襲撃の可能性が極めて高い。
なので彼女の周りはガードを固めておくべきなのだ。
「いや、実はもうちょっと後で良いな。
今、イオリさんは控え室で調節の最中だ。
インフルエンサーだから、今日のメインで出てくる予定だね。商談はその後になる」
チラリと舞台の方を見た。
現在はジャズバンドが音楽を奏でているが、この曲が終わると別のグループと入れ替えになるらしい。
夢を掴むがテーマのクラブという事で、演奏家や劇団などが多く控えていて、客が点数を出してランキングを付けているんだとか。
で、イオリはそのトップであるという訳だ。
「なるほど。それを聞いて安心しました。
じゃあ、もうちょっと皆で遊んで回りましょうか」
「いや〜、それなんだが無理だろう」
「ふむ。何かダメな所があるのですかや?」
シャルが首を傾げると、グリーン女史はトランク型携帯蓄音機を持ち上げた。
ガッシリとして、重そうである。
「コレを持ってウロチョロしなければなんないのがねえ」
確かに。
持っていく時は道を真っ直ぐ歩いていけば良いだけだけど、此処だとかなり小回りを効かせる事になる。
少なくとも、キロ単位の重さがある携帯蓄音機を持ちながらのダンスは無茶だ。
なんなら階段を昇る事にもなるだろう。
試作品なので仕方ないのかも知れないが、ホント携帯なのか疑わしいなあ。
「じゃあ、お店の人に預けるとかかの」
「それこそ辞めといた方が良いな。
コレは私の財産で、技術的に……少なくとも販売前に漏洩させたくない」
偽者作成なんて日常茶飯事だしなあ。
じゃあ今まではどうして大丈夫だったかといえば、新しい概念なので、完成品が組み上がってなかった事。
そして「貧乏な娼婦が凄い発明なんか出来るはず無い」という差別意識に助けられたとか。
喜ぶべきか悲しむべきかは、彼女の談。
「だからって、このモヤシに荷物持ちは無理」
「スマンな」
「ホントだよ」
アズマに視線をやれば、彼は堂々と言ってのけた。もはや開き直りに近い。
そこでエミリー先生が口を開く。
「つまりグリーンは一箇所に留まりたいが、一人にはなれない。
アダマス君達は遊びたいが、子供枠なのでクラブの規定上、大人の同行が不可避であるという事だ」
「まあ、そうだな」
「じゃあ、こうしてみよう。
グリーンには私が付く。そしてアダマス君達には、アズマが付くんだ」
「……うげ」
先生の案は、合理的ながらもボクにとっては苦い決断だった。
今のボクは皺くちゃな表情になっていると思う。
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