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437 魂の在処は脳か心臓か

 此処はコーヒー、紅茶、カクテルを作る本格的な店。

 更に、『裏』の組織として『薬』を調合する機材が揃っているし、先生の『月夜の羽衣』は変形自在の液体金属。

 そこにエミリー先生ほどの技能が加われば、ある程度の事は出来てしまうのだ。


 なので虫の解析も精度が高い物が得られたと思うが、微妙に怖くもある。

 口端の筋肉をやや引き攣らせ、恐る恐る、相槌を打った。


「ええと……悪い方向って?」

「様々な予想の内、当たって欲しくない物が当たってしまったという事だね。

端的に言えば『頭がサブで、虫がメイン』という構造だったのさ」


 そう言ってドレスの袖の一部が変化して、虫の模型が出来上がる。

 サンプルを渡した時はグチャグチャだったのに、ボク達が見た時と変わらない再現度だった。


 模型のカブトムシは長い前脚を持ち上げると、先端から霧のような物を出す動きをした。

 液体金属は全てくっ付く必要があるので、あくまでフリだ。

 よく見ると金属の糸の様な物で、ブドウよろしく粒子同士が繋がっている。


「このカブトムシは、コートの中で手を繋ぎ合って、脚の先端から出される化学物質でのやり取りをする事で、群体を形作っている。

開いた隙間にムカデが筋肉繊維を模して補強していると思われるね。

……さて、アダマスくん!」


 ピシリと指を、ボクヘ差す。


 ベアトリス女史は無言であるが、イラっとした感情を押し出していた。

 けれど知った事ではないらしく、先生はこの場にそぐわぬ楽しそうな教師としての表情。


 ボクは空気に押し潰されそうだったので、逆に救いであった。

 ああ、先生の感性が常人と違っていて助かった。

 尤も読心術によれば、本音は楽しい訳ではないらしい。


「突然だが、人の脳はどうやって『思考』をするのかな?」

「脳内で化学物質を出しているからでは」

「うむ、その通りだ。

ならば、同様の化学物質のやり取りがあれば、脳機能を再現する事が可能という事になるね」

「理論的にはそうですね……って、え?」


 目を見開く。

 つい相槌を打ったが、一拍遅れて『頭がサブで、虫がメイン』という言葉と繋がってしまったからだ。


 ボクの思考を読んでいたかのように、エミリー先生は虫の模型を複数達作り、手を繋ぎ合わせた。

 液体金属の流動によって化学物質の『流れ』を再現する。


「まさか『切り裂きジャック』というのは、小さな生物が信号を出し合って巨大な『脳』を形成しているのでは!?

そして生身の人間の脳を操っている……?」

「おおっ、冴えているね!正解、花丸だ!

つまり虫の群体は、人間の脳を『演算機・記憶装置』として組み込んだ『バイオコンピューター』を形成しているんだ」


 液体金属は花丸マークを形作ったが、複雑な気分だった。


 胴体との境界でもある機械の付いた、改造人間の脳の模型。

 その機械の部分に群れたカブトムシが腕を付けると、化学物質は脳の方へ流れていく。


「群体として『指向性』……こう言うのもアレだけど『心』を持った虫は、薬漬けで決断能力を無くした人間の脳に働きかけて記憶を引き出したり、行動の処理をさせたりする。

使い捨てだから、本来無意識下で眠っている思考能力も使っていると思われる。

酷使して廃人にすれば、私達に頭を持ち去られた際に情報を抜かれる心配も無くて一石二鳥だ。

自然界で虫を操る寄生虫は珍しくないが、こう来るとはねぇ……」


 アハハと笑った。

 しかし笑いは乾いていた。

 目も笑っておらず、ベアトリス女史以上に黒い感情を隠し切れていなかった。


 腕を振ると、今まで出していた模型が消えていく。


「そんな訳で、ミアズマの手が加わっているのは確定という事だ。クソが」


 地獄の底から響くような、ドスの効いた声だった。

 先程までの軽い口調からのギャップが凄い。


 あまりにもエミリー先生らしくないセリフが、本当に怒っているのだなと感じさせる。

 虫そのものへの嫌悪感と、作成元であろうミアズマへの私怨で今にも爆発しそうな様子だった。


 けれど。敢えて。

 その様子をジッと見ていたベアトリス女史は、火力のある質問をひとつ挟んだ。


「エミリーって虫ロボットを持っているよな。

開発に関わっている訳じゃないのか?」

「……あ"?」


 熱のある怒気が溢れた。

 遠回しにミアズマに加担していると疑われているのだから、当然と言えば当然だ。

 ぶっちゃけ読心術持ちのボクにとっては、形として見えるので凄く怖い。


──スゥ


 それでもエミリー先生は、ひとつの深呼吸をした。

 なんとか呼吸を整えて言葉を紡いだ。


「私の半自律型ロボット『ペンシルくん』は音と魔力の波長を共鳴させる事により、信号のやり取りを可能としています。

虫を改造しただけの『切り裂きジャック』は魔力への不理解が足りなさ過ぎです。

見た目が似ているだけで中身は全く別物だというのを覚えて頂きたい!」


 強張った声と、最後の強い言葉。

 「あんな物と一緒にするな」という意思が肌に当たる。


「そうか、すまなかった」


 故にベアトリス女史は、頷いて納得の姿勢。

 彼女だってエミリー先生の事情は知っている。


 けれど仕方がないのだ。

 ハッキリさせなくてはいけない事ではあった。

 それを聞けるのは、王族という上位者であり、ギルド長という現場の人間であるベアトリス女史が言うべき事だというのはよく分かる。


 だからと言って、感情を逆撫でしている事には変わりない。

 理屈で理解出来ても、怒りが収まったかという感情は別だ。


 なので、他者が補わなくてはいけなかった。

 急いでボクは椅子から降りてエミリー先生に歩み寄り、爪先立ちになる。

 先生が169cm、ボクは155cm。腕を伸ばせば頭に届く。


「辛い説明をしてくれて、ありがとうございます」


 頭を撫でた。

 黒くてフェーブがかかっていて、手触りはサラサラだった。


 彼女はぬいぐるみの如く、ギュッとボクを抱く。

 視点が上がったのは、胸にボクの後頭部を埋め込み持ち上げたから。

 感情が昂り過ぎた先生には癒しが必要だ。


「……いけないね。アダマスくん成分が足りていなかったようだ」


 先生はボクのフワフワの金色の髪に顔を埋めて、暫くクンクンと臭いを嗅いだ。

 顔を上げると今まで通りの表情に戻り、ベアトリス女史に向き合う。


「まあ、そんな訳で。

切り裂きジャックという『人物』は、ミアズマに繋がっていると思われます」

「『繋がって』いる?

ここまでやっておいて、所属がミアズマという訳じゃないのか」

「言い切れません。

何故なら、切り裂きジャックの被害について情報操作をしている連中は、ミアズマそのものである可能性は低いからです」


 父上は切り裂きジャックそのものについて依頼した。改造人間の技術はミアズマ由来である。

 アセナは情報操作について調べていた。それは裏組織とは関係がありそうだ。

 風俗ギルドはミアズマについて調べていた。ミアズマと裏組織の関係は確認されていない。

 そしてグリーン女史は切り裂きジャックと関係はなく、ミアズマ所属のアズマは外部組織と関係が無い。


 事は切り裂きジャックの事件を中心としているが、切り裂きジャック本人が影響を及ぼした物に関係があるかは、また別である。

読んで頂きありがとう御座います。


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