436 いけないボーダーライン
アクション系の物語で暴れ回り街が破壊されても次の日には直っているあの現象ってあるだろう?
厳密に言うなら暗部の人達がやってきて、秘密裏に金属管などの修理をやってくれるのだ。
なので壊れたインフラについては問題なく、暗部が行ってくれるので、情報はいい具合に操作される。
今回の事も単なる蒸気の破裂事故で終わる。
こうして蒸気を噴き散らかす金属管を後に、パブに戻ってきた。
ボクとアセナは脱いだ服をハンガーにかけ、シャワーを浴びて安っぽい既成服を纏う。
「しかし濡れたなぁ」
「気温で冷えたとはいえ、服を着たままサウナに入ったようなものだしね」
まさかボクが既成服を着る事になるなんてなぁ。
ブカブカの安っぽいシャツなのは、子供服がなかった為。
とはいえバーテンダーの服なので、これはこれで趣があって好き。
カフェ店員系男子とか良いよね。
風俗宿も兼ねるこの店は、服も豊富に用意しているし、設備も充実しているのだ。
流石、風俗ギルドはお金があると感心した。
そんな使用用途なので、ボクとは対称的に女性服は沢山の種類がある。
置いていたのは、基本的にパブで働く為の様々な制服だ。
コスプレプレイを求める客が多いのだろう。
シンプルな服に実用的なエプロンを付ければ良いので、コスパも良い。
そしてアセナはどんな服を選んだか。
「裸エプロンとか凄い格好だね」
バリスタ用の実用的なエプロン。
つまりはメイドみたくフリルの付いていなくて、素材は硬めのエプロンだな。
それ『のみ』を着ていたのだ。もはや『着ている』の概念に入っているかが怪しい。
「獣人の尻尾を出すには、後ろが開いている方が都合良いんだ。
それに、裸じゃなくて下着は着ているぞ。
寧ろ下着だけで出ようと思ったら止められたから、これを着ているだけだ」
アセナはエヘンと、恥ずかしげもなく腰に手を当てた。
何時もヘソ出しタンクトップにショートパンツといった格好なので、布面積は多くなっている筈なのだが、不思議とエッチく感じるものだ。
これも、貴族の様な形式で作ったコートがドレス系の服に分類されるあの現象なのだろう。
「しかしアセナ、フリフリエプロンの時は嫌がったよね」
あれは皆で揚げパン作った時。
ヘソ出しタンクトップで揚げ物とかヤバいだろって付けたヤツだ。
ハンナさんの上司命令によって、赤面しながらシルクのフリフリを着る事になったのだ。
彼女は苦々しく眉間に皺を寄せる。
顔とスタイルは良い癖に、何故か色気が無い。
「アタシがフリルとか似合わないって。そりゃ流石に恥ずかしいだろ。」
「裸エプロンはオーケーなのかい?」
「オーケーだぞ。エプロンも普通のやつだし、サバイバル生活で裸にも慣れているしな」
恥ずかしいの基準ってそこなんだ。
う~む、異文化交流。人によって価値観は色々なのだなと実感させられる。
その上で、恥ずかしい恰好をさせるのも楽しそうだが、それは後の話。
「さて。そんな事より、だ。
ちょっと真面目な話に移った方が良いかもな。
持ち帰った『アレ』をどう取るべきか」
カウンターの上にはペストマスクが置いてある。
そしてその横には、『中身』である生首が置かれていた。
ベアトリス女史は生首の目を、ジッと見ている。
無表情に見えるが、そ身体全体の仕草から読み取れる感情は我慢、哀しみ、達観、怒りなど。少しでも刺激を与えれば爆発しそうな危うさを秘めている。
「まさか、お前がこんな形で帰って来るとはねえ。
……間違いない。切り裂きジャックに挑んで、行方不明になっていたウチの戦闘員だ」
骨格から見るに『彼』は厳めしい顔つきだったのだろう。
マフィアの戦闘員らしく、良い用心棒になっていたのだと思われる。
けれど、今は病人の如くやせ細っていて、肌も青白く見る影もない。
生きてはいるらしく、微妙にうめき声が漏れているが、正気を保っている目付きでは無かった。上の空である。
「麻薬に漬けられているな。
なるほど、エミリーの言った『別人』だという説はある意味正しかった訳だ。
『切り裂きジャック』と戦って負けた者は、誘拐された後に薬で洗脳。そして生首に改造されて新たな切り裂きジャックが出来るって訳か。
ただ、それなら殺人鬼として活動する為の判断能力を持っていたのが妙だな」
ベアトリス女史は、ホラーのような事を平気そうに淡々と語った。
でも、薬物中毒者にしては動きがちゃんとし過ぎだな。虫が何か関係しているのかも。
「ひぃぃっ」
半泣きのシャルはボクにギュっと抱き着いて、なんとか恐怖を和らげようとしていた。
彼女は錬金術の家の出なので、虫だったら大丈夫だけど、こういう最早人として超えちゃいけない部分は流石に無理。
とはいえ暗部等の裏の世界ではよくある事なので、ボクは割と平気だ。
けれどシャルみたいな抵抗の無い子の前で実物を見せるのは順序が悪いと言わざるを得ない。
「苦手なら、話が終わるまで奥の部屋に居て良いよ。大丈夫、ボクも怖いから」
「ん~ん、いや、もうちょっと粘ってみるのじゃ。これも、お兄様のお嫁さんになるには必要な試練なのじゃから」
そう言って、彼女は小さい握り拳でボクの服をギュッと、より強く握った。
ボクは無意識の内に、彼女の背中をポンと叩いて頭を撫でる。
「ありがとう。シャルは立派だよ。
……置いてっちゃってゴメンね」
ボクはシャルを奥の部屋へ置いていった。
彼女は何も出来ない事は自覚しつつも、無力が悔しくて寂しかったと思う。
仕方が無かったとはいえ、謝るくらい良いだろう。
「でも、これからも置いていくんじゃろ?」
「そうだね。ごめん。
でも、戦闘じゃない時はシャルが居ないと凄く困る」
「むう。仕方ないのじゃ」
そんなやり取りをしていると、エミリー先生が奥の部屋から出て来た。
見た目よりもずっと厚い扉をバタンと開ける。
今すぐにでも伝えたいのか、興奮した様子だった。
もっともその興奮の色は決して喜びではなく、緊急時の案件を持って来る時の感情に近い。
「やあ、回収してきた虫の分析の中間報告をしにきたよ。
先ずは悪い報告をしようじゃないか。良い報告も微妙だけど、上げてから下げるよりはずっと良い」
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