43 闇市の住人達
"そろそろ五分経ったかな"
そう思う時は大体外れる。
人の体感時間とは不思議なもの。
やっている事の密度によって長くも短くも感じられるものなのだ。
「お兄様ー、次はあっちなのじゃ!」
シャルは五分で買うには無理があるフル装備で市を探索していた。
嗚呼、これは大分時間経ってるわ。
先程時間をかけて買った小袋を振り回しては、中の小銭をチャリチャリ鳴らす。
後は謎のお面を顔の横に括りつけていたり、木彫りの飾りが付いたネックレスを付けてたり、よくわからない雑な色合いのミサンガが腕に巻かれていたり。
ついでにポーチから『祭』と書かれた赤い団扇が飛び出していたりもした。
気づかぬ内に随分な時間を過ごしていたようである。
そろそろ帰る時間かな。
懐中時計でも見ようかなとポケットを漁ってみる。
すると、泣きそうなシャルの顔が目の前に迫っていた。
「ふええ〜ん、お兄ざまぁ〜」
直ぐに手をシャルの背中へ持って行き、安心させる為にポンと叩く。
「ありゃりゃ……どうしたのかな」
「お金が無くなっちゃったのじゃ〜」
小銭入れを振ると情けない音が返ってくる。
そりゃ使ってくれとは言ったが、いったいこの短い時間でどれほど使ったのやら。
そこまで考えて元々が大銅貨一枚だったんだなと思い出す。
寧ろ子供っていうのは小銭一枚でこんなにはしゃぎ遊べるんだなあと感心した。
ボクが言うのもなんだがね。
勿論大銅貨一枚あれば、庶民の昼食二人分の価値はあるのだが、まあそこは、貴族的な価値観という事で。
さて、どうしたものか。
小銭入れを借りて覗いてみると、中は貧乏冒険者のような惨状になっていた。
周りを見渡しても買えるような場所はないように思える。
だからってシャルを泣かせたまま帰るのもやだしなあ。
この『小銭』で、なんとか物を買えるお店はないものか。
そんな時だ。
この膨大な人々の流れの中で、身なりの貧しい人々がある脇道に集中して逸れているのを見て取れた。
人の意識を読む感覚に敏感だったボクからこそ、ソレに気付いたのかも知れない。
ひとつの可能性に思い至る。
「うーん、もしかしたら何とかなるかも知れない」
「ホントかや⁉」
「まあ、予感だけどね。取り敢えず行けるだけ行ってみようか」
「わあい!冒険なのじゃっ!」
ボクと手を繋いだシャルは、まるで人生に何も心配がないように大股で歩くのだった。
とはいえ脇道は薄暗く、流石のシャルも息を呑む。
ところが数秒経って、そんな不安も消えた。
それは暫く闇に居る事で目が慣れる人間本来の能力なのかも知れないし、好奇心が勝っただけなのかも知れない。
「ああ、やっぱそうだ。『闇市』だねこりゃ。ここなら確実に表の市より安く買える」
市のようなものが展開されていた。
錆びた鉄パイプ、カビた黒パン、千切れたベルト、なんかの虫を乾燥させたもの等々……。
ボロ切れの上にガラクタや身体によくなさそうな物などが置かれていた。
恐らくそれが彼らの『商品』なのだろう。
大体はゴミ捨て場から拾ってきたものなのか統一性がない。
そうした『店』が決して広いとは言い難い脇道にちらほらと出店されていたのだ。
「闇市?」
「ああ。税金を払わないで違法に商品を売っている市だね」
「ええっ⁉じゃあ、この人達は悪い人達なのかや。お兄様、取締まらないのかや?」
シャルは好奇心を持っていた時とは全く逆ベクトルの感情でキョロキョロと辺りを見回す。きもち顔が青い。
一方でボクは「確かこの規模の闇市への対処はどうだったか」と頭の中の教科書をめくっていた。
「う〜ん。
この人達はその税金すら払えない、訳ありな人達ってだけだね。
規模が大きくなってマフィアやテロリストなんかが絡んでる場合は取締るんだけど、こういう細々と生活の糧にしてるのは、無理に締め出すとスラムの治安や経済に逆効果を及ぼすんだとさ」
「は、はぁ……。
まあ、お兄様がそう言うなら……」
言ってシャルは、ギュッとボクの腕を握る。
「ホントはボクみたいな立場の人間が、人々の暮らしを根幹から良くしていく必要があるんだろうけどね。
まあ、諦めずにやっていけば、ボクがエミリーくらいの年齢になる頃にはもう少しマシになっているかも知れないね」
シャルを後ろに。
靴底を鳴らして辺りの店を見渡した。
場合によっては冷やかしとも捉えられるだろうが、その辺は流石の顧客層というべきか。
売る側も随分素っ気ないものであった。
─────おや?
そんな中で視線を感じる。
特にボク達を邪魔するようなものでもなく、ボロボロのローブを着てフードで顔がよく見えない人……身の丈から見て恐らく男性が、陰から舐めるような視線を放っていたのである。
「……ボク達になにか?」
「ウヒッ。
いやあ、なんでもありませんよ坊ちゃん。ウヒヒヒヒ……」
少し気味が悪かったので声を向けると、予想通り気持ち悪い言葉を置いて去っていった。
こういった場所は変な人が多いのかも知れない。
気を引き締めていこう。
しかし隣を見ればまたシャルは表情に影を落とている。
怪しい人に免疫のない彼女からすれば当然なのかも知れない。
今はシャルを不安にさせない事が先決か。
肩を軽く叩いて本来の話題に戻した。
「ま、冒険なら多少の危険もまたありさ。
さて、シャルはボクが守ってみせるからゆっくりショッピングを楽しもう」
「お、おうっ!そうじゃったな!」
しかしまだ何か、喉に引っかかるような違和感があった。
が、それでも引き返さないのは、なんか格好悪いと思ったからである。
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