426 服屋デートは相手の服を選んでいる時が一番楽しい
グリーン女史から缶ごと拝借したビスケットは、ちょっとだけ高級品だった。
二枚重ねになっていて、間にクリームが挟まっているのだ。
おいしくて強くなりそうだね。
齧ろうと手に持っていたものだが、シャルが可愛いので彼女の目の前に差し出す。
すると期待通りにパクリと食べて、小動物的に咀嚼した。
動物園でこんなのやったなあ。
期待を裏切らない子である。
「と、いう訳でお兄ちゃんの簡単な服の選び方講座、はっじま〜るよ〜」
「パチパチなのじゃ」
ところで『偶然』にも、ボクもシャルと同様に玩具の小さな双眼鏡を持っていた。
出かける時にハンナさんに持っていくよう言われたのだ。
こんな事にも気が効くハンナさんは凄いなあ。まるで予知能力を持っているみたいだ。
外で作られている服に適当に目を通して、指を指しながら説明をする。
「基本的にスーツとかスキニーとか、ピシッとしたのが『ドレス』。
で、逆にパーカーとかカーゴパンツとかダボッとしているのが『カジュアル』って覚えてくれれば良いかな。
このバランスが5:5であるのが適切なお洒落着とされているけど、大人限定だね。
子供なら7:3で少しドレスに寄せた方が良い」
「それは子供みたいな人種にも言えるのかや?」
「ああ。黄色人種とかも7:3で揃えるのがベストだ。友達に教える時は、そういうのも考慮した方が良いかもね」
「ガッテンなのじゃ!」
グッと拳を上に突き上げる。
と、此処でピタリと動きを止めて、彼女は己の服を見やる。
カボチャパンツにオフショルダーないつも通りの格好だ。
「そういえば妾の服はお兄様が選んでくれた訳じゃが、これはカジュアルが強くないかの?」
「うん。シャルの雰囲気的にそっちの方が良いかなってね。
着る人の雰囲気によってバランスを変えるのも大切なものさ。
友達とウインドウショッピングする時も、そういうのを見た方が良いかもね」
「ガッテンなのじゃ!」
彼女は先程と同じことを言って、もう片手も上げた。
だから両手を上げてガッツポーズ状態だ。
ついついボクは、彼女の手首を掴んでレバーの如く下に降ろして元の体勢に戻した。
ロボット操作のウイーン、ガチャって感じ。
「さて、それでは外を見てみようか。
基本的に貴族要素の強いアイテムは、コートといったところかな。
これにクラバットが付いていれば、立派な貴族に見えるだろうさ」
安っぽく、しかし貴族風に仕立てたのであろう緑色のコートを指差した。
それをシャルは口を半開きにして眺めて、質問する。講義で質問を多くするのは良い事だ。
実践で質問を多くすると鬱陶がられる時が多いのだからね。
「お兄様、でもアレはダボっとしているからカジュアルに分類されないかや?」
「うん。良いところに気付いたね。
実はどちらの性質を備えた服というのは意外に多い。ブラウスとかカーディガンとかがそれに当たるね。
一方で、ああいうデザインのコートは『貴族的』って事で、ドレスのイメージを付けられるんだ」
シルエットとしてはあまり機能しないが、それはそれで遊びの幅が広がる。
例えば、服とは違うがシャルの髪型なんてそうだ。
束ね髪という動き回る上での実用性が与えられているが、これをドリルにする事で『縦ロールお嬢様』というイメージが追加される。
矛盾を内包したシャルらしい良デザインという訳だ。
あくまで個人の感想です。
「そんな訳で、下半身はかなり遊んでも良いって事だね。
コートそのものに色が付いているなら、ケバケバなズボンや靴でも意外と合う。
ダボっとした黒い上半身に、赤地に黒い網目模様が入ったズボンでも格好よく見えるしね」
「おおっ、そう言われると候補が浮かんでくるのじゃ。あれなんかどうかや!」
ピッと指差した先にはピエロのようなズボンだった。下が丸く膨らんでいて、ブーツの中に入れるタイプである。
子供らしい遊び心満点だ。
モノクロでないけど落ち着いた緑と合わせれば面白そうではあるね。
「ちょっと無理かな」
「流石に派手すぎたかや?」
「柄は別に良いんだけどね。
ただ、コートの袖が大きめだから全体的なシルエットがちょっとだけはみ出る形になっちゃう。
袖なしだと、砂漠の国の王子様とかシャルの格好とかみたく、下が膨らんで上がスッキリする形になるからいい感じにはなる。
でもそうすると、今度はズボンの柄に合わせた上着が必要になる訳だね」
解説を加えると、双眼鏡を覗き込んだままシャルは唇を尖らせた。
なのでポンと頭に手を置いてやる。
双眼鏡を当てたままだと距離感がちょっとズレるな。
「むむ〜、残念なのじゃ」
「まあ、そこまでズレている訳でもないさ。
足を細く見せてシルエットを『Y』の字にするタイトな感じか、もしくはダボっとした風にする『I』の字のシルエットを目指してみよう」
「なるほど……ガッテンなのじゃ!」
またまたガッテンした彼女は、再びズボンを選び出した。
どうにもダボっとした感じが多いので、聞いてみたら「お兄様は大人の雰囲気がするから、カジュアルの比率を増やしてバランスを取るのじゃ」との事。
そんな物だろうか。
個人的には人と話すのが苦手なので、社交界とかで黙っているのが大人みたいだと、大人の方々から言われる事は確かにあるが。
シャルの瞳に映るボクは、それとは別の意味で大人っぽくあって欲しいものだ。
何かを見つけたらしい彼女は、そちらを指差す。
「あんなのはどうじゃ!」
「どれどれ……」
そういえばシャルとエミリー先生の服は選ばなくて良いのかな。
デートは、女性側が服を取って自分に似合うかを彼氏にアピールするようなイメージがあるのだが、その辺どうなんだろ。
まあ、シャルが楽しいならそれで良いけど。
因みにエミリー先生も、ボク達のイチャイチャを見れればそれで良いらしい。
服の話題も、義眼の倍率調整でどの服を指しているかは分かるので話には付いていけているとか。
母性と性欲が直結してるので、視線はちょっとネットリしていた。ウヘヘと下品な笑みが漏れていた。
彼女にはボクとシャルのイチャイチャが、常人とは別の物に見えているのだろう。
ヤバい人なのは分かっているし、まあ良いか。
頭の隅でそんな事を考えつつ、結局ボクの服選びをシャルが楽しんでいる間に、グリーン女史の話は終わりを迎えたのだった。
最終的に無難な白いズボンになったが、まあ、悩んだ果てというのはそんなものだ。