421 携帯蓄音機は通信手段になりうるか
我が国の通信技術は、スマートフォンを使うような文明から見れば原始的もいいところだ。
基本的な長距離でのやり取りは、電気が使えないので昔ながらの腕木通信。もう少し高度になると電通である。
つまり『音』を用いてないのだ。
しかし、小規模な音の保存という事ならそれなりに実現されてもいる。
例えば魔力的な物であれば、エミリー先生は錬金術を用いて音の保存を短時間だけ行う試薬を開発した。
これは趣味で作ったロマンの産物で、量産にはとても向かないものだがね。
将来的には専用の配管を街中に張り巡らせて魔力式の『電話』としたいようだが、先の話になりそう。
しかし『蓄音機』は、魔力も電気も使わないので一般でも多く普及している。
動力はゼンマイ。大雑把に言えば、超高性能なオルゴールだな。
レコードに刻まれた溝を針が走り、それによる針の振動を音に変換。ラッパ型の管で増幅されて音が出るという仕組みだ。
それなりにお高いが、コスト度外視の破茶滅茶な発明品と比べればずっとリーズナブルといったところである。
エミリー先生はボクに解説を加えてくれた。
「グリーンは子供の頃、名もなき吟遊詩人の演奏に惹かれてね。
何時しか『何処でも音楽が聴ける機械を作りたい』という研究テーマに変わっていったんだ」
「はあ……しかし良いんです?
王国中の通信にかなり影響ありそうですよ。それを民間にやらせるとか」
グリーン女史の作る携帯蓄音機がどの程度の完成度になるか分からない
が、蓄音機の録音機能は再生と同じ仕組みだと思っている。
ラッパに向かって演奏する事で、針がレコードに溝を付けるという仕組みだ。
これによって、音のやり取りが可能になり、技術が法律の制御の届かないところに行くのではという懸念である。
「まあ、大丈夫だと思うよ。
アセナとも相談してみたんだけど、情報を収集する媒体であるなら普通に紙をメモを取った方が早いし、利便さでは電報を越えられない。
結局は録音したレコードを本人に持っていく必要があるから、『音付き手紙』の領域から出れないんだ。
つまり、完全にエンタメを楽しむ用だね」
それなら良いか。
納得し、憂いがなくなるとグリーン女史の夢を純粋に応援したいと感じる自分が居た。
「……あっ」
だが、彼女の方を見て大切な事に気付く。
ボクの目に映ったのは、アズマに指をさして叱り付けるグリーン女史である。
「もう、勝手に出て行かないでよね。
試作機の最終調整で、ヒモのお前が珍しく必要になるんだから」
「もうそんな時期か……。
基礎技術は全て伝えたし、グリーンが一人でどうにか出来る機会が増えるとついつい忘れてしまうな」
「ふんっ。大変なのはこれからだよ。
融資を受けても、工場に入れる必要機材を本当に理解しているのはお前なんだし」
「ふう……そうか。めんどくさいな」
「アッハッハ、追い出すぞ」
「それは困るな」
漫才なのか惚気なのだか、よく分からない会話が繰り広げられる。
分かる事といえば二人とも不幸ではなく、互いを必要としている事。
アズマはボクに顔を近づけ、ボソリと囁く。
「そんな訳で今の俺はニートだ。
逮捕するなら証拠を集めて来るように。次期領主なんだろ?」
声色は無機質であるが、心に響くものだった。
イオリの薄い言葉とは対称的と感じると同時、もしかしたら彼は『シロ』であり、疑う自分の方が悪いのではないかと思ってしまう。
彼の追求は辞めた方が良いのだろうか?
胸中に過ぎった気持ちであるが、同様に胸内で頭を横に振った。
ミアズマのせいで、エミリー先生やアセナが苦しむ事になったのだ。
引き篭もっていた時代のボクなら、此処で「かわいそう」と干渉を切っていたかも知れない。
でも、今のボクには大切な人達が居る。
大切な人達を傷付けてきた元凶の、重要な手掛かりを目の前に見過ごすなんでとても出来ない。
もしかしたら不幸な結果を招くかも知れない。
それでもデートに隠して証拠は探さなくてはいけない。
デートを楽しむだけの、無駄な捜査である事を祈るばかりである。
グリーン女史がアズマに再び語りかけた。
「あんな小さな子に何を言ったの?」
「魔力ギターについて気になっていたらしいから、本当は教えちゃいけない仕組みをな。
さっきまでナイトクラブの方の客が来てたから軽く対応していたんだ」
「もうギター屋やった方が良いんじゃない?」
「めんどい。それにギターは『今の研究』の副産物だ」
「そう言われると怒りづらいな」
そこでエミリー先生が納得したように手を叩いた。
「なるほど。そういうことだったか」
チートな彼女は今の会話で理解したらしい。
ボクには分からん。
「つまり薄い物から音を出す実験だった訳だ。
蓄音機のラッパだったり、ギターの面そのものだったり。私もギター本体を振動させる方式で再現したからねぇ」
そこまで説明され、やっと言いたい事に合点がいったが、気になる事が出る。
なので先生、質問です。
「でもラッパは元々音を出す物なのでは」
「携帯するにはラッパを小型化せざるを得ないからね。
クリアな音を出すには魔力的な調整を加えた方が良いし、機構が難しい分複製対策にもなるだろうしね。
空気を震わせる楽器であるなら、蒸気機関を使わない空気中の魔力でどれだけ動くかの実験にもなる」
「ほへ〜」
なるほどなぁ。
未来からの住人でも、結局はこういう下積みあってこその製品化なんだと感じた。
未来知識で無双とはいかないものだ。
製品の根幹にあるのが、向こうの世界になかった魔力であるのだから当然と言えば当然か。
「あ、そういえば先生」
「なんだい?」
「イオリと話して、なんかアセナから得た以外の新しい情報とかありました?」
聞いた彼女は、哀愁を感じさせるゲッソリした表情で目を逸らす。雰囲気だけで景色がモノクロになった気がした。
ああ、無かったんだな。
読んで頂きありがとう御座います。
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