419 上手く喋れていると思っている時程油断するなかれ
シャルはすくりと立ち上がり、ガラクタ山の上をトテトテと歩き出した。
金属管と同様、蜻蛉の如く両手を広げてバランスを取っているが今回はどうだろう。
「おりょりょ」
「はい、もう少しだよ」
「うむ。ありがとうなのじゃ、お兄様!」
やっぱガラクタの山じゃ足場悪いなあ。
転びそうなのをボクに支えられたりしながら、凄い短距離を頑張って歩く。
頑張れ。
そしてアズマの目の前に立つ。身長差により同じ目線。
彼女は大きく口を開けて八重歯を見せた。
人差し指を彼の額に突きつける。
「つまり、お主は敵という事じゃな!」
「まあ、そうだな」
モサリと、銀の前髪に指先が埋まる。
マッシュルームヘアだから入れ心地良さそう。
「逮捕なのじゃ!
ミアズマは様々な未来技術を渡して事件を起こしている。
だから根幹に居るお主を逮捕して事件は解決なのじゃ!きっと切り裂きジャックの正体もお主なのじゃ!」
「それは無理だな」
「なんじゃと!?」
アズマに言われ、シャルはバッと振り返りボクを見た。
慣性の法則に従いアズマの顔にツインテールがペチンと当たる。ちょっとバランスを崩しそうだったが、もう慣れたのか体勢を立て直した。
元気っ子だなとほっこり。
そのままボクを見る彼女に、ボクは溜息を吐いて渋い顔をして、アズマの言っている事が正しい事を肯定するしかなかった。
この場で殴って解決で終われれば良いんだが、世の中そう甘くない。
此方に来るよう手を扇いで指示を出すと、彼女はピョコンとボクの膝に座った。
位置取りとしては彼女を支えた場面から分かるように、ぶっちゃけ真横。
座るのは一瞬だ。
綺麗な形の頭をのんびり撫でながら語る。
「彼はまだ何もしてないのがね。
確かに読心術は反応したんだけど、口だと彼は自身をミアズマの者と言った訳では無いし、何かしたという証拠もない。
貴族としての権限を使えば無理矢理逮捕出来なくもないが、ボクはまだ権限の低い『次期当主』だ。
逮捕には父上の許可が居る。そして父上は許可を出さないだろうね。
『何もしていない』というのは、何かをする時はミアズマについての手がかりを得られるかも知れない。
つまりは泳がせる価値があるという事だね」
要するに、逮捕の基本は現行犯という事である。
シャルは「ぐぬぬ」と言って、悔しそうに噛み合わせた歯を見せた。
とはいえ実はボクの考えも、極端さに違いがあるだけで彼女と似たようなものだ。
アズマは見た目の通り、暴力では誰にも勝てない。故に傷付かない理由を作る事に長けているのだと思う。
──仕方ないか。
そうとしか言えない。
シャルを膝から下ろして立ち上がり、一旦腕を伸ばしてストレッチ。
パンと手を叩いて合図を出す。
「んじゃ、撤収。
エミリー先生もちょっと長い道草でしたが、行きましょうか」
「あ、ああ……そうだね!」
パッと彼女は振り向いた。
肉の量は変わっていない筈なのに、どことなくやつれて見えて、その表情は援軍が来た孤立兵の如し。
対してイオリはツヤツヤしていて、エンジンが掛かっている様子だった。
「……という訳で、地球の特に好きでは無いけど一部で有名なブルースミュージシャンの雑学的な部分について語ってきた訳だが、そのちょっと残念だと思うところは……あれ、行っちゃうの?
これから面白くなるところなんだけど」
「あは……あはは……いやぁ、続きを聞きたいんだが残念だ。私も約束があるからさ。また今度ね」
エミリー先生は口を引き攣らせつつ、なんとか営業スマイルを崩さない。
『コレ』に対して取材で会話を成り立たせていたアセナって凄かったんだと再認識。
ナイトクラブに行くのがちょっと怖くなってきたけど、皆でフォローし合う『何時もの遊びの延長』なのできっと大丈夫と信じたい。
独りになったら危ないのだ。
「ちぇっ。美人さんと仲良くなれると思ったのに」
いや、一方的に雑学マシンガントークしていただけで、仲良くなるのは無理だったと思うぞ。
そんな内心も知らぬまま、イオリはすっくと立ち上がって、アズマに話しかける。
どうやらテストだというボクの予測は当たっていたらしい。
「ああ、そうだ。ギターの方は大丈夫そうか?」
「ああ。そんなものだな。次も宜しく」
「へーい」
彼は何も考えてない様子で相槌だけ打ち、ボク達の行き先とは逆方向に歩いて行った。
丁度、此方に来る都合で選ばなかった方の曲がり角で、未知の道である。
此処でボクは忘れ物に気付いたかのような気持ちで、「あっ」と思い付いた事を口に出す。
「そういえばエミリー先生。
ボクってイオリの前だと『普通の子供』として演じていましたが、彼に聞こえちゃっていました?」
「いやぁ、反応した様子は無かったな。もしかしたら、既に知っていたのかも知れない」
「話を聞いていなかっただけでないかの?」
「それもそうか」
なんか納得したのだった。
とは言え、今後はこの手段は使えないかな?
アズマからは伝わる訳だし。
チラリとアズマに視線をやると、ポツリと彼は口を動かした。
「聞かれたら喋るけど、別に聞いてこないだろうし、ぶっちゃけられても特に変わる事は無いと思うぞ。
アイツって興味のない事には無関心だし、『偉い人間』ってものをトコトン舐めているから」
ああ、そうか。
此方で成金貴族の影響で平民と貴族の距離が近くなっていたのは気付いていた。
しかし『ニホン』のように、逆に偉くなるハードルが低かったり、民衆の力で身分を剥奪されるのが当たり前の世界の中でずっと生きていたなら、そういう価値観もありなのか。
裏路地の乞食や王家の権力争いを見れば分かる通り、偉い立場というのは楽という訳でもないんだが、彼に対して珍獣のような興味が湧いていた。
話したいとは思わないけれど。
じゃあ、別に良いか。
そう思った時である。
「やっと見つけた!
ちょっとアズマ、アンタヒモの癖に何勝手にフラフラしてんのよ!」
これから向かおうとしていた方向から、声がした。コレまでの流れから、誰かは察しが付く。
アズマを簡単に傷付けられない理由。その2である。
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