415 金と銀
工業区。
工場の壁を這う、太い金属管の横から飛び出す小さな人影。
親方、空から女の子が!と、いった具合にシャルは両手とツインテールを広げて、石畳の地面に着地した。
「よっと、なのじゃ」
今までは金属管を橋のように歩いていたもの、此処からは曲がっているので真っ直ぐは進めない。
なので、金属管を階段のように順々降りて、危なくない高さでピョンと飛び降りたのである。
ツインテールは彼女に頼まれ、毎朝ボクがかわいくセットしているから抜かりはない。
重力に従いファサリと降りるが、髪質に従ってバネの如く元に戻った。
見ていたエミリー先生は柔らかく微笑んで、前を指す。
「道は別にあるけど、変に入り組んだ道になっていてね。
それなら『此処』を進んでショートカットした方が早い。行こうか」
「ガッテンですのじゃ」
「お〜」
高々と上がったシャルの握り拳に、ボクも合わせる。
ボクの目付きは相変わらずのジト目だが、この表情がデフォルトなのだから仕方ない。
だが、サプライズニンジャ理論。
思いもよらぬ「ある日」は突然やってくると言うべきか。
運命的な出会いをしたのはそんな時だ。
「ん……何か聞こえる?」
それは、一つの曲だった。
ボクのしょうもない胸内に呼応するように、鼓膜に触る。
音程が段々と落ちる、残念な気分を掘り下げるようなメロディーだった。
ボーカルは無し。純粋に弦楽器によるものだ。
クラシックギターに似ていなくもないが「ツィーン」と、機械的な音である。
一曲ずつは短いが、確かにそれは立派な『曲』になっていて、ちゃんとした訓練を受けている人間が弾いているのが分かった。
耳を澄ませて音源を辿れば、ボクと同時に答えを導いたシャルが、宝物を見つけたかのように目をキラキラさせている。
「お兄様!お兄様!あっちなのじゃ!」
「だね。ちょうど行き先と同じだよ」
ビシリと小さな人差し指が指す向こう側。
それは偶然に、エミリー先生が導こうとした場所なのだった。
だが、宝とは程遠い汚い場所でもある。
『宝物』は錆びた金網で一応は囲まれていたものの、所々穴が空いて隙間も多く、侵入者を防ぐ高さも無い。
つまりは意味のない金網だ。
金網内では、嘗ては人の手にあった多様なガラクタが無造作に放置されていた。
まるで守る気が感じられない。
ジャンク品置き場なのだと思う。
フェンス間の隙間から身体を横にして潜り抜けると、網膜に映るガラクタの山のディテールは、より詳細なものになってくる。
赤く錆びついた歯車や古びた金属管。形が歪んだネジや針など。
そして何らかの目的は解らず、しかし何処か懐かしい機械の残骸などだった。
つまりは古い機械という事だな。
スラムの人達に連絡すれば引き取りに来るかも知れないが、こういうのは所有権がややこしいので、彼等も近付こうとは思わないと考えられる。
だけど本当に『宝物』はないかといえばそんな事はない。
先程から聞こえる宝石のように多彩な音が、ネックレスのチェーンの如く噛み合って耳を擽る。
演奏の音源だ。
つい、目に留まってしまうのは、ガラクタの上にポツンと腰掛ける二人の人影。
どちらも成人男性だった。
過去のガラクタに腰掛けるは、まるでこれから何か成さんという意思がありそう。
と、いう理由をこじつけられるかも知れないが、何も考えていないのかも知れない。
初めて会う人だし。
彼らの髪は金と銀。
金銀コンビと名付けた方が分かりやすいので、(仮)として心の中でそう呼ばせて貰おう。
紙をくり抜いて姿を写す影絵。
『銀』に関しては、それに近い感覚を覚えた。
存在の淡さが逆に存在感を醸し出しているのだ。
但し目は血のように赤い。アルビノの人とかあんな感じだな。肌の色も薄めだし。
髪型はマッシュルームヘアで、服はやる気のないブカブカで水色のTシャツ。
背は高い方なので、逆三角形のシルエットになってバランスは良い。
大きなスカートからチョコンと足が出ているのって可愛いよねとか、そんな感じ。
対して隣。
脚を組んでいる『金』の方は逆に濃い。
豚骨醤油ラーメンにニンニクをぶち込んだくらいは濃い。
でもそこへ背脂を入れるのは躊躇われる。そんな、微妙にブレーキがかかるような濃さだった。
黒いシャツの上に、黒のレザージャケット。首やら腕やら、身体の至る所をジャラジャラとシルバーアクセサリーで飾っている。
腰には赤チェックのシャツの袖を結んで腰巻きにしていて、デニムジーンズに運動靴と、中々にパンクな服装である。
これが筋骨隆々で肌も焼けているなら格好も付くだろう。だが生憎と身体は細い。
しかも髪はくすんでいるし根元は黒くてプリンっぽいし、染めているのは確定だ。
どうも衣装に着られている感が拭えない。
故に濃いとも言えるがね。
演奏の主は『金』の方だった。
手元に持った、真っ金々の派手な薄いギター。
それを膝に乗せて掻き鳴らしていたのだ。
あんな見た目にも関わらず、よくもまあ、多様な綺麗な音が出るものだ。
ギターというのは『箱』の内側に響棒という板を張って音の伝導を良くする楽器だというのに。
だがボクは、あの種類のギターを見た事があった。
アレは、一般には出回らない筈の特殊な楽器。
今より進んだ文明の産物だ。
その名を『エレキギター』という。
しかしこんな金銀コンビに寄り道しても良いのか。
後に、実はバリバリに関係ある事が分かったので結果オーライである。
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