405 学園ラブコメは危ういくらいが丁度いい
第四章・完
揺らめく海藻の中を、小魚の群れが纏まって動く自然の海。
ネモは一人の女性の隣に立ち、窓一枚隔てた天然の水族館を眺めていた。
彼女の年齢はネモと同じくらいだろうか。
ポニーテールにした黒髪と、スレンダーな体躯。だからといって背が高い訳ではなくて普通の身長。
顔つきも特に美人という訳でなく、不細工という訳でなく。
敢えて言うなら可愛い系の、至って普通のお姉さんだった。
大きなものを見ていれば小さな悩みなんか吹き飛んでしまうが、人の問題はそうでもない。
他人の恋愛話は幾らでも面白おかしく膨らませて、無限のネタを与えてくれるのである。
我が無敵の妹様は、遠慮なく突撃して話しかけるのだった。
「ネモ、こんな所で奇遇なのじゃ!デートかや?」
良いムードを壊してしまっただろうか。ところがそうでもないらしい。
お姉さんの方は一旦驚いた顔をして、シャルの姿を視界に収めてホッとする。
子供の姿は安心を呼ぶという事だろう。
「え!?あ、かわいい。ネモ君、この子は?」
「一応、姪だな。義理だけど」
「へえ、撫でて良い?」
「うむ。優しく撫でるのじゃぞ!」
「じゃあ撫でるね。えへへ、スベスベだあ」
シャルは腕を組んでフンスと鼻を鳴らし、お姉さんに撫でられる。
そうしている間にボク達はゾロゾロとシャルに続いてネモと対面。
彼はバツの悪そうな顔をした。
空気的に、エミリー先生に惚れていた事は言わない方が良いだろうなあ。
一番空気を読めなさそうなバルザックが、彼と無関係で本当に良かった。
ピョコンとシャルは手を上げて、お姉さんに語り掛ける。
「妾はシャルじゃ。市場でワイワイやってた流れで此処に来たのじゃ!
それで、お姉さんは何者なのかや?」
「あ、そういえば名前言ってなかったね。ごめん。私はクロエ。
ネモ君とは復興作業中で仲良くなったんだ。
今日は『何処か行きたいところはあるか?』って言われたから、此処を選んだんだ。
昔から男の人と一緒に此処に行くのが夢でねえ」
最終日なので今後会う事は無いかも知れないが、名乗ってくれたのはご丁寧にありがとう御座いますといったところ。
此処はデートスポットなのかも知れない。
話を纏めると、だ。
肉体労働も出来る頭脳労働者なネモは、お爺様によってあらゆるところで忙しく働く事になっていた。
本来はボクもそこに加わる筈なのだが、ジョナサンの社会復帰業務を行っていた。お爺様ありがとう。
なのでネモは何処でも見る事が出来た訳で、それに気になったクロエ嬢が声をかけて話が合い、そのまま一緒に働く事に。
そして大体の仕事が終わった今、初デートという事で水族館を選んだと。
元からモテる方だとは解っていたが、新しい恋を見つけるのが想像以上に早かったでござる。
「ネモとはどんな話で盛り上がるのじゃ?」
「勉強の話かな。
公共の図書館で本を読むのが好きなのだけれど、不明な点について考察を語り合うのが好きなの。
後、外国の話なんかも面白いし、可愛いし……」
頬に手を当て、デレた表情を浮かべた。
ノロケ乙である。
「ほへ~、学園都市には行かんのかや」
「行く予定はあるね。
私は平民だけれど、過去問を見る限り大丈夫そうだから」
エヘンと自信満々に言う。
頭の良い平民出身かあ。確かにネモのストライクゾーンではあるな。
しかし学園都市自体は身分を問わない方針とはいえ、そこで学ぶ生徒の価値観はそうでない。
実際、ボクも将来入学するつもりだけど、エリートとしての学歴を得る為のようなものだし。
エミリー先生も、拾ってきた子達に勉強は教えても学園都市を勧めないのはそういうところだ。
ネモが『王子』という身分で守るとはいっても、前途多難だなあ。
長続きしないとあっと言う間に壊れる。そんな危うい将来設計。
ボクはネモに目をやった。
その流れで一言やる。
ボク達二人は従兄弟の関係というだけあって似ている。
だから、それだけで言いたい事は伝わった。
「大丈夫なの?」
「試験まではまだ余裕がある。それをこうして、見極めてみようとも思っているさ。
俺は『王子』だ。近寄る人間は幾らでも見てきた。
これだけ時間を与えられて騙されている事に気付けないなら、それは俺がボンクラだっただけさ」
手を広げて飄々と言ってみせる。
それはドライな、大人らしい考え。
そういう訳で彼はクロエ嬢の小さな肩をぐっと抱き、シッシと手を振った。
「そういう訳で、ちょっと二人きりにしてくれると嬉しい訳なんだが。ぶっちゃけ気まずい」
「そりゃそうだ。じゃあ、迷惑かけたね。今度、なんか奢るよ」
「また来るのか」
「ちょくちょく来るだろうね。近いし、ジョナサンの経過も見なきゃいけないし」
複雑な顔をする彼を一瞥し、ボク達は袖を翻した。
シャルは残ったチュロスを食べつつ、ボクの隣を早歩きでキープする。
「それでお兄様、なんかあるのかや?」
「幾つか浮かぶけど、そうだなあ。折角だし、シャルの『お父さん』に聞いてみようか」
「私か……」
天才錬金術は、これでもかという位眉間に皺を寄せた。
難解な数学式をぶつけられてもここまで酷い顔をしなかっただろう。
それでも彼は記憶の糸を辿り寄せ、なんとかアイデアを捻り出す。
「……釣り。確か、竿を借りて釣りが出来るサービスがあった筈だ」
「ん。中々良い事言うじゃないか。じゃあ、それで決まりだ」
此処は船着き場なので、船が乗り上げやすいように海中に人工の岩場でスロープを作っている。
そこと海の深い所は、魚にとって住み易い環境なのだ。
まあ、公に開かれている分警戒心もありそうだけど、あまりに釣れなかったらボートを借りるなりフォローを入れれば良いか。
こうして、オリオン最終日は釣りで締められた。
詳細は省くが、一番はアセナ。二位はボク。サバイバル経験が生きたと言えよう。
因みにドンケツはバルザック。
釣った魚は旧魔王城で美味しく料理される事となる。
今回のオリオン出張は、過去最大に密度のあるものだった。
この海にはリトルホエールが居て、ジョナサンが居て、魔王も居た。
だからなんだという訳ではないが、感慨深く様々な顔が思い浮かばせながらリールを回すのだった。
「お兄様、引いているのじゃ」
「あ、本当だ」
魚が釣れた。
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